文は一行目から書かなくていい – 検索、コピペ時代の文章術

「文章力」「正しい文章」「完璧な文章」「きれいな文章」それぞれ一体何なのだろうか。
ほぼ毎日のように書評を書き、文章に携わっている私でもわからない。その答えは人それぞれなのかもしれない。そのことにより「自惚れ」とも言えるような文章になることも少なくなく、他人にも理解できないような文章を書くことも少なくない。

では「文章力」はどのようにつけたらよいのか、著者自身も心がけていることはあまり意識していなかったが、本書を執筆するに当たり、自らの文章体験を元に腰を据えて見出したという。

第1章「あなたは9歳の作文力を忘れている」
本章を読む前に小学生の時の作文を見開く方が良い。
私自身、今では書評家として毎日のように文章を書いているのだが、小学から中学生にかけて「作文」は「苦行」でしかなかった。自分自身の考えていることを文章にすること自体、どのように書いたらよいのだろうかと考え続けていくことにより、1日も2日もかかってしまうことがざらにあった。ようやく先生に提出しようとなると恥ずかしくてとても出せないという感情にさいなまれることも常であった。
私事はさておき、本章では著者自身が9歳に書いた絵日記を思い出しながら、文章の本質と鍛え方について綴っている。

第2章「プロ作家の文章テクニック」
本書のタイトルにある「一行目から書かなくていい」は本章から来ている。
文章はあくまで彫像のようなものであり、書きたい要素を作った後に組み立て、そして文章を最小限まで削るといったイロハを紹介している。

第3章「名文の条件とは何か」
小説やエッセイを書くに当たってどのように書けばよいのかを示している。とりわけ小説は文章を介して風景描写を映し出すことによって「名文」と表すことができるという。

第4章「日常生活で文章力を磨く」
今ほど文章を書くことのできる環境に恵まれていることはないと思った方がよい。パソコンが私たちのような庶民の手に届くようになり、かつインターネットが栄え、そしてSNSが誕生し、文章によるコミュニケーションを作ることができたからである。
だからでこそ日常生活の中で文章力を磨く機会は毎日のようにある、その機会をどのように文章を書くか考えながら書くことによって、文章力は上がってくる。

第5章「検索、コピペ時代の文章術」
第4章でいったような状況とともに「検索」や「コピペ」といったものも出てくるようになってきた。しかしこの「検索」は使いようによっては文章力を落とし、言わずもがな「コピペ」も文章力を鍛え上げるどころか殺すことにもなる。
「コピペ」をせず、検索ツールも参考程度につきあうことで文章力を鍛えていくことこそ文章力をあげる道である。

第6章「書くために「考える」ということ」
SNSやインターネットが隆盛しているからでこそ「考えて」文章を書くことが重要とされる。資料やデータはインターネット上に公開しているものも多く、それを元に文章を書くことも多くなるためである。
自らある文章表現が殺されてしまわないように、文章を見直しつつ、自らある表現をもとに「文章を描写」する事が大切である。

「文章力をあげるにはどうしたらよいのか」は作家・ライター志望の人もそうであるが、私自身も悩みの種である。文章そのものを向き合う度に「下手な文章だなぁ」と自虐してしまう。
それでも本書のあとがきに「書くということは難しいし、奥が深い」とあるとおり、文章力をあげることは料理の職人と同じく、終わりはない。著者も私も終わりなき文章力をあげる旅を続けていくのだろう。

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