地下水は語る――見えない資源の危機

日本人の生活のなかで「地下水」は欠かせないものだった。しかし爆発的に人口が増え、利用も人口増加につれ増えていき、それが「地盤沈下」や「湧水枯渇」といった現象になってかえってきてしまった。

さらには「水の戦争」と呼ばれるほど世界各国で名水争奪戦が行われている。

本書は「地下水」という日本人の中で欠かせない資源が失われることへの影響と、これからの「地下水」との付き合い方を見出している。

第一章「沈む大地」
地盤沈下が起こり始めたのは1920年代、大正時代の頃である。そのときから地盤沈下は懸念されたのだが、そのときは「地脈」によるものが主流であった。今日のように「地下水」によるものであることが発見されたのは1940年、さらにそれが広く受け入れられたのは1960年代に入ってからのことであった。

第二章「枯渇する名水」
日本の名水は「江戸」「昭和」「平成」と変わっている。その中で「江戸の名水」といわれた「井の頭池」は昭和の高度経済成長のあおりを受けて枯渇をしていった。本章ではなぜ枯渇していったのか、それを歴史や地理などの学問を駆使して分析を行っている。
あとがきにもあるのだが、著者が地盤沈下に関わった初めてのケースが「井の頭池」であるため、本章の思い入れはもっとも強い。

第三章「地下水と日本人」
「地下水」を汲み上げるとすると、「井戸」を使うものがかつて一般的であった。その「井戸」
はいつごろから使われ始めたかについてを紹介している。
いつごろか、というと「古事記」の時代からすでに存在したと言われている。

第四章「環境としての地下水」
首都圏では高度経済成長に伴い、次々と地下鉄が作られた。その開発の中で地下水の水路が断たれるところもあれば、工事により地下水の水質汚染も起こった。本章ではそのことについて分析をしている。

第五章「地下水とどう付き合うか」
海外からミネラルウォーターを輸入される用になったのも起因の一つとされているが、地下水の需要は右肩下がりのごとく少なくなった。とはいえ日本の名水が「国産のミネラルウォーター」として扱われることも少なくなく、最初にも書いたように、それを巡った国内外での「争奪戦」も起こっている。

地下水は自然の恩恵である。その地下水は河川の潤いと雨水によって生まれている。しかし昨今では使われているだけではなく、夏は酷暑により地下水ができようにもできないような状況が続いているという。どうであれ地下水に限らず、水は動物が生きていくに当たり重要な生命線の一つ。その水を大切に扱うか、粗末に扱うかは私たちの考え次第と言える。

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