2011年3月11日の東日本大震災、そこから発生した「福島第一原発事故」を機に発電エネルギーとして自然エネルギーにシフトしていった。とりわけ「太陽光発電」の需要は急速に伸び、民家やオフィスにソーラーパネルを取り付けるところも増えていった。
原発事故を機に電力会社不信も高まり、あたかも「差別」の如く扱われているようだ。そこで本書である。ドイツの南部、シュバルツバルトと呼ばれる地方にある小さな町「シェーナウ」ではチェルノブイリ原発事故を機に反原発運動を起こし、既存の電力会社から脱却し、市民が「電力会社」をつくり、そこで自然エネルギーを供給し始めた。それが15年前の1997年のことである。
本書はその電力会社ができるまでとこれからをみつつ、日本における立つ原発のあり方へのヒントを示している。
第1章「福島原発の事故とドイツへの影響」
ドイツでは1960年代あたりから反原発運動は起こっていた。政府も脱原発の政策は提示したことはあったが、時とともに雲散夢消、また出てきては雲散夢消の繰り返しだった。しかし福島原発事故が起こった時、さすがの政府も決めざるを得ない状況に追い込まれた。
第2章「市民運動から電力会社設立へ」
チェルノブイリ原発事故を機に、反原発の市民運動は起こった。これは日本における福島原発事故でも同じことが言える。しかし大きな違いを見せたのが、その「市民運動」が収束し始めたとき、子供たちの将来の為に行動を起こした人達がいた。それがやがて大きな輪と資金を生み、「電力会社」の構想ができあがった。
「電力」について何もしらないズブの素人たち。しかし「子や孫の世代のために」という思いは一緒だった。
そして電力会社を設立。だが、当時の電力業界は一社独占の世界。市民の思いすら通じることは無かった。その状況から脱却すべく「市民投票」が起こった。市民運動からシェーナウ全体、やがてドイツ全体をも巻き込む大論争にまで発展した。
対立・運動・圧力・訴訟など様々な困難を乗り越え1997年に「シェーナウ電力会社」が設立された。市民が電力会社を立ち上げるという先進的な事例は「脱原発」の先鞭をとり、数多くの賛辞を得た。
第3章「シェーナウ電力会社がめざすもの」
「シェーナウ電力会社」は「利益」を目指していない。むしろ「人々の安全と環境保全」を第一にしている。そしてそのためにエネルギーシフトに関わり、省エネ推進や自然エネルギー啓発、そして脱原発推進と進めている。
第4章「市民参加こそ脱原発への道」
脱原発の為の道として「市民参加」を著者は提示しているが、決して「市民運動」までにとどめてはならない。まずは脱原発のために自然エネルギーをつくるという「行動」を起こす、そしてそこから勉強を重ね、自然エネルギーを広めていく、と言う意味合いで「市民参加」である。国に対しての要求もあるのだが、それ以前に「私たちができること」をやっていくことが大切である。
第5章「ドイツのエネルギー政策と反原発運動」
ドイツはすでに市民単位で電力会社を作ることができる、いわゆる「電力自由化」ができているところである。
では日本ではどうか。小さいながらも民間の電力供給会社はできてはいるものの、大企業依存体質が抜け切れていないせいか、なかなか進展していない。
「脱原発」の風潮が止まらないのは明白である。日本でもドイツと同じように、1995年電力自由化が行われたが、発送電分離が行われておらず、民間の電力会社参入行われているものの、シェア拡大は思ったよりも進んでいないのが現状である。ドイツの事例にあるように市民運動で国や大企業に訴えるよりも市民運動の集団を作って国に頼らず行動を起こすことが大切なのではないだろうか、と本書を読んで思った。
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