村上春樹―「喪失」の物語から「転換」の物語へ

4月12日に3年ぶりとなる長編小説「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」が発売され、発売前後から話題となった。発売前夜から行列をつくり、当日になったらなったで、10万部規模の重版が決定された。

私自身、あまり村上春樹作品に関しての作品に関心はなかった。しかし大学時代に「ダンス・ダンス・ダンス」「海辺のカフカ」は読んだことはある。ただ、お金の無かった時代だったため、大学の図書館で借りて読んだに過ぎず、10年近く前のことなので余りよく覚えていない。
私事はここまでにしておいて、本書はその発売された作品から少し距離をとって、村上春樹が紡ぐ物語がどのように変わっていったのかを作品ごとに追っている。

第一部「「喪失」の物語―ザ・ロスト・ワールド」
本書のタイトルにある「喪失」は村上春樹のデビュー作である「風の歌を聴け」「羊をめぐる冒険」「ダンス・ダンス・ダンス」や「ノルウェイの森」などを取り上げている。
「風の歌を聴け」は1979年に発表された作品であるが、その舞台は「1968」と呼ばれた時代が終わりつつあるとき、つまり1970年の時の自分自身を描いている。そのときに感じた「風」、それは「異常」なようでいてどこかしら「空虚」を描いている。
「ダンス・ダンス・ダンス」は「風の歌を聴け」に似ている、というよりも続編と思わせるような形の作品である。この作品は1968年前後から続いた、「高度経済成長」における社会と昨年無くなった思想家の吉本隆明を暗に批判した作品であるため、「風の歌を聴け」と似ていることも頷ける。

第二部「「転換」の物語―「デタッチメント」から「コミットメント」へ」
「ねじまき島クロニクル」は読んだ人しかわからない話であるが、読み方によって作品の見え方も変わる、言わば「万華鏡」のような作品と言える。あるときに読むと「暗さ」がにじみ出てくるような作品になり、またあるときに読むと歴史が映り、またあるときに読むと友情が映る。本章ではこの「ねじまき島クロニクル」及び、その時代に発表された随筆や短編小説などを取り上げながら人や時代とのコミットメントに転向した理由を分析している。

「喪失」から「転換」へと転向し、それが「1Q84」といった作品へと変遷していく。そして最初に書いた新作はいったいどのような物語を紡いでいくのか見てみたいものである。