梅蘭芳―世界を虜にした男―

舞台芸のなかで「女性」を演じる男性を「女形(「おんながた」、もしくは「おやま」)」と呼ばれている。歌舞伎ではよく女形を演じる俳優もいるのだが、名手として、かつては六代目中村歌右衛門が挙げられ、現在は五代目坂東玉三郎が挙げられる。

本書は中国大陸における「京劇」と呼ばれる、伝統芸能があり、その中で「不世出の女形」と呼ばれた梅蘭芳(メイ・ランファン)の生涯を綴っている。彼の生涯を綴るとともに、中国大陸の社会、そして京劇の歴史をかいま見ることができる。蛇足だが、現在の京劇には女形はおらず、女性は主に女優が演じられている。

第一章「苦悩の修業時代」
梅の祖父は梅巧玲とよばれ、彼も女形の名手と呼ばれ、当時の西太后に気に入られた。それが原因となり、しばしば宮中で京劇を演じた。まさに京劇の大看板と呼ばれる存在になろうとした矢先、41歳で病死した。その孫である蘭芳は祖父に会うことがなかった。蘭芳の父も蘭芳を生んでからまもなく亡くなった。蘭芳は小さい頃から、家族そろって親戚の家を転々とした貧しい生活を送っていた。その中で京劇の修行を積んでいった。厳しい修行を積み、歌や演技、そして持ち前の美貌により、たちまち人気俳優となった。その矢先、清王朝が崩壊した。

第二章「スターへの道」
中国大陸は、孫文の「辛亥革命」により、中華民国が建国された。日本でも時代は「大正時代」に移っていった。時代が大きく変わったことによって国民の危機意識は高まったのだが、その中で注目されたのが「京劇」だったという。そのため京劇の需要が高まりだし、蘭芳はスター街道を歩み始めた。同時に京劇誕生の地である上海にも進出した。特に上海は京劇に対する目は厳しかったのだが、蘭芳の芸は受け入れられた。

第三章「世界への飛躍」
本書のサブタイトルに「世界を虜にした男」と書かれた由縁が本章にある。というのは1915年より京劇が日本で公演を行ってからのことであり、蘭芳も例外ではなく日本に渡り、女形を演じることになった。その女形の演技・風貌はたちまち人気を呼び、歌舞伎役者にも影響を与えたのだという。
日本のほかにもアメリカに渡りニューヨークをはじめ各地で公演を行い、人気を博した。世界的な「女形」として魅了の対象となったという。また世界的な喜劇役者であるチャーリー・チャップリンも蘭芳を気に入っていた。

第四章「激動を生き抜く」
世界的に人気を博した蘭芳は「京劇の顔」となったのだが、戦争に巻き込まれ、香港など一座を引き連れて移り住むようになった。そこで小規模ながら京劇を行ったり、ひっそりと暮らしたりしたという。第二次世界大戦が終わっても、「国共内戦」と呼ばれる戦争もあった。その間も京劇を演じたり、映画に出演したりしていた。戦争の後、中国大陸は中華人民共和国となったあとも、中国に残り、京劇の芸を磨くとともに、日本公演も積極的に行った。まだ日本と中国との国交関係がなかった時代であった。その後1961年8月に亡くなった。葬式は公的ではないものの、事実上の「国葬」だった。

中国大陸を中心に活躍し、中国の歴史にさらされ、中国外でも日本・アメリカで活躍した京劇俳優は、京劇そのものの歴史を紡いだとともに、中国大陸そのものの歴史を知らしめたと言える。

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