妄想気分

自分自身は、いろいろなことを妄想する人間である。読んだ本・観たアニメや映画の内容から、もし自分だったらどのようなストーリーにすることを描き、さらに感じたことにさらに自分の考えを加えることで、楽しんでしまう。そのことで仕事がはかどらない時もあったのだが、今では空いている時間で妄想をする。

私ごとはさておき、著者も作家活動をやっているなかで「妄想」にふけることがあるのだという。本書は作家活動、さらには旅行先、人との交流のなかで想ったことを、妄想をエッセイにして表している。

第一章「想い出の地から」
旅行をしていると、様々な思い出の地がある。私も旅行はわずかしか行っていないものの、思い出の地は存在する。著者は全国津々浦々を旅していただけに、いろいろなところに想い出がある。本章では場所を挙げても「甲子園」や「東京駅」、「瀬戸内海」や「芦屋」などの日本のみならず、オーストリアのザルツブルクも取り上げている。

第二章「創作の小部屋」
私自身も10数ページという短いものながら、小説を描いたことがあるのだが、一つ書くだけでも労力はすさまじいものである。それが1冊の長編小説になると、自分の想像でも計り知れないものになる。著者は計り知れないほどの創作の仕事の中で何を思ったのか、あるいは何を妄想したのかを本章にて書き綴っている。

第三章「出会いの人、出会いの先に」
作家活動の他にも著者は色々な所へ旅をし、仕事や旅など中で様々な人と出会う。出会いには様々な新しい発見もあり、出会いの先には、著者自身にとっても「思い出」になれば、新たな作品への「糧」にもつながっている。

第四章「日々のなかで」
日常の中にも様々な発見や考えが出てくる。何の変哲も無い部屋の中にも壁だったり、本棚だったり、窓の外だったりと発見するものが出てくる。その中の気づきが、妄想の材料になったり、作品のヒントだったりすることもある。

第五章「自著へのつぶやき 書かれたもの、書かれなかったもの」
私の知り合いにも本を出している方が多いのだが、自分自身の考えを全て本にしたためることはできないのだという。時には分かりやすく、時には省いた形で出されているのだという。それは小説でも同じことで書かれたものもあれば、せっかく書いたにもかかわらず、カットされて本にならなかったもの、つまり書かれなかったものも存在する。

本書はエッセイ集であるが、作家である「小川洋子」としての日常がありありと見えてくるような気がした。単純なように見えて、その中に気づきが出てきて複雑となり、複雑の中から新たな気づきが生まれ、今日のような小説やエッセイになる。その結晶が本書なのかもしれない。

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