悲しみを生きる力に――被害者遺族からあなたへ

天災と同じように、悲しみも突然起こる。それは交通事故もあれば、殺人事件まで存在する。本書で取り上げる遺族は、事件から13年の月日が流れた現在でも謎に包まれている「世田谷一家殺害事件」の遺族である。家族を殺害された悲しみもあるのだが、それ以上に今でも解決されていない苛立ちもある。

本書は事件から13年経った今、当時から今までの状況を振り返っている。著者は実際に殺害された家族を妹に持ち、隣に住んでいた。

第1章「奪われた命」
2000年12月31日
その日は20世紀最後の1日であった。著者の家族も何気ない朝を迎えようとしていたのだが、著者の母が、隣の家に行って妹一家を起こしに行こうとしたら、すでに殺されていた。「日常」だった日が、一瞬にして「非日常」と化し、連日マスコミのヘリコプターの音が鳴り、報道のカメラマンや記者がごった返したという。

第2章「事件のあとにー遺族の悲しみと苦しみ」
連日の過熱報道により、心身ともに疲れ果てたのと同時に、「喪失感」「怒りの矛先探し」「警察・報道への不信感」「悲しみ」など様々な感情を持っていた。特に連日のように犯人が報道される度に、様々な疑いをかけられることもあった。それが一家の葬儀があってもお構いなしで、休まるどころか、怒りや悲しみが日に日にこみ上げてくるようだった。

第3章「悲しみからの回復―「私の物語」を求めて」
著者が、打ちひしがれるほどの悲しみからいかに回復していったのか、それはある絵本との出会いだった。その絵本のストーリーが自分の状況と重なったことによって、考えさせられ、悲しむことよりも、「何かしなければ」という思いに変わっていった。

第4章「悲しみの共感へー夫、息子、母それぞれの思い」
事件から日が経つにつれ、周囲の人間も次第に冷ややかになりながらも、過熱報道が続き、周りが信じられなくなった。そのような状況の中で著者はある決意をした。それはありのまま伝える、体験を通じて、人々に共有をする、ということにある。それは朗読や講演、さらには殺人事件の時効撤廃のデモ運動などがあった。

第5章「再びの悲しみー事件から10年目に」
「再びの悲しみ」は簡単に言うと、著者の夫の死であった。事件から10年の月日を苦しみながら、著者を支え続けた夫の存在は大きかった。その夫を失った悲しみは、10年前の惨劇と比較することはできないが、それでも悲しみであることに代わりはなかった。

第6章「喪失が与えてくれるもの」
近しい人を失った「喪失感」は大きいものであったが、「与えられたもの」もあった。それは「今」を大切に生きると言うことである。

第7章「答えのない問いに向き合う」
事件から13年経った現在でも、事件について、生きることについて「答えのない」問いと答えを探し続けている。その中で「東日本大震災」もあり「福島第一原発事故」もあり、事件や災害が起こる度に考え、向き合っている。

悲しみは誰にも存在する。しかし著者ほど「生きることがつらくなるほどの」悲しみを、今もなお持ち続けている人はなかなかいない。その方の一言一言は飾りなく、それでいながら、悩み続けていると言うことを痛いほど伝わる、そのような一冊だった。

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