指揮者の仕事術

仕事術と言っても本書はビジネスマンではなく、「指揮者」という仕事の「仕事術」である。指揮者というとオーケストラなどで指揮棒を振る所を見かける方も多いようだが、実際に指揮者はリズムだけではなく、表現などの色彩の指示を出している。もちろんそれぞれの音についても知る必要があるのだが、他にも「曲の解釈」をはじめ、演奏家以上に曲を知る必要があり、ほかにも演奏家たちとの対話も重要視される。ビジネスの世界で言うと社長などの経営者と置き換えて答えられるのだが、指揮者はどのような仕事があり、ビジネスに直結できるのか、そのことについて取り上げた一冊が本書である。

第1章「「攻撃と守備」から考える―危機管理という仕事」

「オーケストラの交通整理」(p.33より)

私も中学~大学と音楽をやっており、大学の4年間はオーケストラをやっていたので良く分かるのだが、指揮者はリズムをとりながらも交通整理をやっていると言っても過言ではない。というのは道路工事の現場を見ると車の交通整理のために、棒を使いながら車を進ませたり、止めたりする役割を持つ人と同じように整理をしているからである。
そうしたら本章のタイトルは「交通整理」にした方が良いのではないか、と言われかねないが、指揮者には「危機管理」の役割も担っている。演奏者とて人間である。必ずリズムを取り間違えたり、思わぬミスやアクシデントがあったりする。それがたとえプロの舞台でも、である。それを回避する、リカバリするために指揮者は交通整理をやりながら、曲の全体像を把握しながら演奏を運ばせる、そういう役割が「危機管理」という立場として存在する。

第2章「聞こえない音を振る―音を出さない演奏家」
「聞こえない音」とは、譜面で言うと「音を出さない音符」、つまり「休符」のことを表す。本章ではそれを表すモノとしてベートーヴェン作曲の「交響曲第5番『運命』」を引き合いに出している。私も実際に本番で演奏したことはないのだが、フルスコアで見たことがある。

聞いてみると休符がないように見えるのだが、小節ごとに八分休符がある。

http://jp.everyonepiano.com/Stave-2595-1-%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC5%E7%95%AA%E7%AC%AC1%E6%A5%BD%E7%AB%A0-%E3%80%8C%E9%81%8B%E5%91%BD%E3%80%8D%E4%BA%94%E7%B7%9A%E8%AD%9C%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC1.html

この休符を使って以下に音楽を作るのか、演奏家もさることながら指揮者も気を遣う。

第3章「リハーサルこそ真骨頂―プロを納得させるプロ」
指揮者の仕事って何だろう、と疑問に思っている方もいる。もちろん世界的に人気のある指揮者、例えば佐渡裕氏だと、CDの収録はもちろんのこと、講演活動、さらにはTV番組の出演などがあるが、他の指揮者はどうなのかというと、「準備」と「リハーサル」が主軸にある。コンサートの本番、あるいはCD・DVDの音源収録をする際も同様の事をやっていると言っても過言ではない。指揮者にとってリハーサルはいかに重要なのか、そして指揮者がリハーサルの中で何を為しているのか、そのことについて取り上げている。

第4章「「正しく直す」って何だろう?―魅惑の「ズラシのテクニック」」
リハーサルで行う大きな仕事としては「修正」である。「修正」と言っても具体的に言うと音程を合わせる、リズムを合わせる、歌詞のある曲だったら、唄の発音を合わせる、といったことを1つ1つ修正していく必要がある。もちろんプロの舞台になるとそれだけで時間がかかるのだが、曲における指揮者の解釈と演奏家の解釈を合わせることを考えると、果てしなく時間のかかる仕事と言ってもいい。そこで本章のタイトルにある「正しく直す」である。「正しく」の解釈は指揮者によって、さらには演奏家たちによってまちまちであるため、直す方向を指揮者が定める必要があると言うことから本章に記載している。

第5章「言葉に命を吹き込む仕事―「第九交響曲」の魂を訪ねて」
日本ではジルベスターコンサートなど、年末に行われるコンサートで取り上げるのがベートーヴェン作曲「交響曲第9番」、通称「第九交響曲」「第九」と呼ばれるのだが、元々年末に第九を取り上げるのは日本の風習である。
これにも歴史があり、1940年の12月31日に新交響楽団(現:NHK交響楽団)が演奏、かつラジオ生放送を行った事が始まりとされている。奇しくもこの年は日本における「紀元2600年」の節目であり、「紀元二千六百年記念行事」の一環として行われた。
余談が長くなってしまったので本題に戻す。第九には最終楽章(第四楽章)に歌詞がある。その歌詞は「歓喜の歌」と呼ばれている。

第6章「片耳だけで聴く音楽?―野生の両耳/知性の利き耳」
本章のタイトルも奇天烈な印象を受けるのだが、携帯電話で音楽を聴くとなるとどうするかと言うと、今ではイヤホンやヘッドホンの差し込み口があるので、両耳で聞けるのだが、昔は通話するように片耳で聞く必要があった。
そういうことも記載されているのだが、本章の肝は「聖歌」をどうやって聞くのか、である。これを書くと、両耳があるのだが、両耳で聞くのだから当たり前だろう、と言われてしまうのだが、聖堂によっては両耳で聞けるところもあれば、響かずに片耳でしか聞こえないような所もあるという。これは音の反響によるものだが、その反響の原理についても本章では言及されている。

第7章「「総合力」のリーダーシップ―指揮者ヴァーグナーから学ぶこと」
指揮者にはリーダーシップが必要となってくる。そのリーダーシップはいかにして作り出すのか、本章では指揮者としてのリヒャルト・ワーグナーを引き合いに出して取り上げている。

指揮者の仕事は調べていけば調べていくほど奥が深い。実際にビジネスの場に置き換えると、最初にも書いたのだが、現場と事業を指揮する社長に置き換えることができる。どの事を考えるとビジネスにも通ずるところが指揮者の仕事として存在する。