ニューロダイバーシティと発達障害―『天才はなぜ生まれるか』再考

これまで何度か「発達障害」の本を書評したのだが、その度に「発達障害は病気でも障害でもなく、傾向である」と言うことを主張してきた。もっとも発達障害であったとしても、適任とされている仕事の中で非凡たる才能を発揮している所もまた特徴としてある。もっとも歴史上の人物の偉人たちもまた何らかの発達障害を抱えていたが、その反面の非凡な才能を活かしたとされている。本書はその歴史上の人物をもとに発達障害と天才の関連性について取り上げている。

第1章「洞窟壁画の無名の画家たち」
絵画の傾向についても、人間としての成長はもちろんのこと、感性の在り方も左右される傾向にある。本章では洞窟壁画をもとに、その壁画を描いた画家たちの傾向と共に取り上げている。

第2章「うわの空のエジソン」
「発明王」とうたわれたトーマス・エジソンは元々少年時代は授業を受ける度に「なぜ?」としきりに質問することで有名となり、それが教師らに煙たがられ、わずか3ヶ月で辞めさせられたと言われている。しかしながら本章ではその説に異を唱えており、実際は「注意欠陥障害」により上の空で集中できていなかったのだという。

第3章「無筆の勝負師 坂田三吉」
大阪名人と称され、名人王将とも言われた坂田三吉は「読み書き障害」と本章では述べているのだが、もっとも勉学を好まず早々に学校を辞めて丁稚奉公を行い、将棋に目覚めたことから読み書きは全くできなかった。とはいえど僧侶などの人びとから見識を聴くといういわゆる「耳学問」で一般常識は持っていたという。もっとも読み書きができなかったことは本人は全く気にしていなかった。
少しだけ言及しておくが、文字を書くことができなかった人は坂田三吉が活躍した当初では小さいころから学校に行くことができず丁稚奉公を行うことが多かったことから珍しくなかった。

第4章「癇癪持ちのアインシュタイン」
アルベルト・アインシュタインは相対性理論を提唱した物理学者として有名であるのだが、元々幼少のころは落ちこぼれであったことは有名である。化学や物理学については独学で磨いたのだが、おとなしさと言葉を話すことが苦手で(思考を言葉にするまで時間がかかったと言われている)、なおかつ大人しかったこともあった。なおかつ癇癪持ちだったという。

第5章「外国語のできないレオナルド」
イタリアのルネッサンスを代表する画家として、レオナルド・ダ・ヴィンチがいる。ダ・ヴィンチは絵画だけでなく、数多くの学問で功績を残したいわゆる「多芸多才」の人物である。多芸多才の反面、唯一外国語ができなかったと著者は指摘している。

第6章「古典嫌いのアンデルセン」
今ではよく知られている童話の中で(ハンス・クリスチャン・)アンデルセンがつくったものが多くある。童話というとグリム童話で知られるグリム兄弟もいるのだが、グリム兄弟は伝承などをもとにした童話が多いのだが、アンデルセンは自身の創作した童話が数多くある。もっとも生い立ちから母親の妄信などを学び、古典を嫌うきっかけともなった。

第7章「付き合いべたなベル」
電話の発明で知られているアレクサンダー・グラハム・ベルはかねてから人づきあいが苦手で、なおかつアスペルガー症候群だったとされている。その反面発明に関する興味は強く持っており、電話をはじめ金属探知機などもベルが発明したという。

第8章「落ち着きのないディズニー」
ディズニーのブランドは世界的にも有名であり、テーマパークの「ディズニーランド」「ディズニーリゾート」は世界各地に存在する。世界的なキャラクター・ブランドを築き上げたウォルト・ディズニーは新しいものへの好奇心や変化などを強く好む傾向もあり、なおかつ多動性障害を抱えていたとされている。

第9章「遊芸人としてのモーツァルト」
おそらく発達障害と言う中でも代表的な人物の一人としてウォルフガング・アマデウス・モーツァルトがいる。モーツァルトは天才作曲家である反面、冗談や猥談を好むだけでなく、大の賭博狂だったこともよく知られている。以前の本でも取り上げたがADHDの側面があるとも言われている。

第10章「発達障害はなぜ進化したか」
発達障害は病気の一種と扱われた側面もあれば、そのことにより天才を生み出した側面もある。もっとも発達障害に関する認知はここ最近、本書の様な文献からドキュメンタリーなどメディアでも取り上げられたこともある。もちろん発達障害の扱われ方は今もなお議論が存在しており、「進化」と主張している論者もいる。

発達障害は今もなお議論の的として扱われるのだが、一つ分かるのは歴史的な側面から天才をつくったとも言われている。そのことも考えると、発達障害は病気ではなく「進化」でもあれば、「傾向」でもあり、なおかつ「特徴」であることがよく分かる。

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