評伝 一龍齋貞水 講談人生六十余年

私事であるが、私は落語鑑賞を趣味にしている一方で、講談を聞いたことはほとんどない。また実際に生で聞いたことはこれまででたった一度だけである。その一度は高校の時の芸術鑑賞の授業の中で聞いたのだが、その時に聞いたのが本書で紹介する一龍齋貞水の講談である。このときは人間国宝になったときのことである。その時にかけたのが、題目は忘れたのであるが怪談であったことを覚えている。貞水が最も得意とする「立体怪談」で、背筋が凍ったことを今もなお忘れられない。

一龍齋貞水は今年で芸歴65年を迎え、さらに昨年は数え年で「盤寿(81歳のこと)」を迎えられた。講談界を長らく支えられた貞水の人生と、講談、そして貞水が育った中で邂逅した先人たちの記憶について取り上げたのが本書である。

一.「貞水八十年の歩み」
貞水は東京の湯島天神(現:文京区湯島)にて生まれた。当初から「演芸」に恵まれており、ラジオなどでも親しんだ。やがて寄席にも出歩くようになり、演芸にのめり込んでいった。あるときに四代目邑井貞吉と出会い、学生服姿で初高座に立った。その後五代目一龍斎貞丈に入門し、修行を始めた。やがて真打に昇進し、現在の名を襲名するまでに至ったが、真打になった当初は講談・落語などの伝統芸能が危機に瀕していた。特に講談については担い手がほとんどいないほどだった。そこから脱するため、多くのファンを増やす、そして後進の育成にも力を入れた。特に人間国宝になる前後には学校への公演、さらには海外公演、そして異なるジャンルとのコラボレーションにも積極的に取り組んだ。特にコラボレーションについては歌舞伎や落語の世界ではいくつか存在するのだが、講談の世界ではおそらく貞水が初めてである。

二.「講談のジャンルと貞水演目一覧」
貞水が最も得意とするのが「怪談」ものである。特に怪談は演じる中の語りだけでなく、照明や音響、道具などを駆使しての「立体怪談」が最も得意としたのだが、怪談の演目としても三遊亭圓朝作の「牡丹灯籠」や「真景累ヶ淵」もあれば、「四谷怪談」「江島屋怪談」などヴァリエーションが豊富にある。他にも政談から世話物、さらには侠客伝や武芸ものなど得意演目は多岐にわたる。

三.「忘れえぬ先人たち―貞水に聞く」
一龍齋貞水となった要因としては多くの先人との邂逅にあった。師匠である五代目一龍斎貞丈をはじめ多くの人々との出会いやエピソードを一つ一つ取り上げている。

貞水が人間国宝となったのは2002年、人間国宝になる前後の間はほとんど孤軍奮闘状態で講談界を支えていった。やがて弟子は育ち、なおかつ昨年には三代目神田松鯉が史上2人目の人間国宝となり、その弟子の一人である神田松之丞が人気を呼び、今年の2月に六代目神田伯山を襲名し、話題となるほどにまでなった。近年講談界は神田伯山の人気が高まり、一大ムーブメントになりつつあるのだが、元々は落語や歌舞伎と同じく、伝統芸能の一つである。その復興の兆しと、発展を一龍齋貞水が担ってきたが、それを受け継ぐ講談師がドンドンと出てきている。