もはや「かわいい」と言う言葉は世界共通語になりつつある。もっともかわいいは英語で「cute」とあるのだが、日本の文化を可愛いと称するときは「Kawaii」と主張したり、書くこともある。その「Kawaii」に対して、昨年10月頃インターネットにて「差別用語」だと主張するものも出てきている一方で、それについて反論する人も出たというニュースもあった。
ほぼ世界的にも認知されている「かわいい」は人によって基準は異なる。その基準の変化はもちろんのこと、「かわいい」そのものの定義について取り上げているのが本書である。
第一章「「かわいい」とは何だろうか」
そもそも「かわいい」はどのようにして使われるのか、という定義から始まる。もちろんそれは判断基準が「人」に委ねられているものの、国語辞典的な意味を通して、どうして人は「かわいい」と呼ぶのかという言葉そのものの歴史も取り上げている。
また冒頭でも取り上げた「Kawaii」の定義にも言及している。
第二章「数字で見る「かわいい」」
「かわいい」をどのようにして数字化するのかどうか本章を読む前には疑問を持っていたのだが、実は各種新聞にて、「美しい」「きれい」「かわいい」といった言葉がどれくらいの頻度で使われているのデータベースをもとにして統計化したものを取り上げている。他にも各種調査から可愛いとはどういうイメージを持っているのか、という調査を行った結果も本章にて掲載している。
第三章「ベビースキーマ」
本章では言葉的な意味から離れて、「認知科学」や「動物行動学」の観点から「かわいい」を取り上げている。特に動物によっては顔や身なりが「かわいい」と呼べる動物をはじめ、行動のありかたが「かわいい」と呼べるようなものもいる。
なぜ「かわいい」が成り立つのかについて、動物行動学者のコンラート・ローレンツが「ベビースキーマ」という概念を提唱している。本章ではその概念の解説と事例などを取り上げている。
第四章「幼さとかわいさ」
幼い人・動物は、たいがい可愛いのだが、中にはかわいくないのもいる。見た目は可愛いのだが、行動がオッサンくさいような幼児も入れば、「まさに外道」を象徴するような子どもまでいる。
話がかなりそれてしまったが、本章では認知科学の観点から「幼い」は「かわいい」と関連しているのかについて考察を行っている。
第五章「感情としての「かわいい」」
「かわいい」の中には「笑顔」がかわいいと思う、もしくは実際にかわいいという印象を与えるような表情になっている方も少なくない。なかには変顔がかわいいというような人も少なからずいる。
もっとも表情の面における「かわいい」はいかにして作られていくのか、顔の筋肉や色などを中心に取り上げている。
第六章「「かわいい」がもたらす効果」
今度は「受けて」が「かわいい」と思ったり、感じ取ったりしてからどのような行動を起こすのか、といった所が中心となる。ちなみに本章では第三章にて取り上げた「ベビースキーマ」に関連するか、しないかによってどのように受け手が「かわいい」ととらえ、行動に移していくかも取り上げている。
第七章「「かわいい」の応用」
「かわいい」はどのような所で発展できるのかを取り上げているが、実は著者が経済産業省のとあるプロジェクトのアドバイザーを勤めていた。それが「カワいいモノ研究会」と名付けられた。伝統工芸品のデザインの戦略を策定するための機関でアドバイスを行った中でつくり上げてきたものを列挙している。
第八章「「かわいい」はなぜ大切か」
そもそも「かわいい」は大切なことであるのだが、なぜ大切なことなのか。本章では日本文化やこれからの展望についてを取り上げている。
何気なく発したり、受け取ったりする「かわいい」。しかし深掘りをしていくと思っている以上に広く深い。しかしながらその中には大切なことがあり、これからのモノ・コトのヒントが浮かび上がる。その可能性を秘めた一冊と言える。ようは「かわいいは正義」である。
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