HSPサラリーマン――人に疲れやすい僕が、 楽しく働けるようになったワケ

ここ最近では新型コロナウイルスの感染拡大により、テレワークが広がりを見せている一方で、会社勤めをされる方々も多くいる。どちらにしても、コロナに関しての不安、さらにはこれからの社会に対しての不安を抱える方々も少なくない。人によってはその不安によっては心身共に疲れてしまうこともある。

本書は心身共に疲れやすくなってしまう状況から楽しく働けるまでのプロセスを追っている。

第一章「僕がコミュ症になるまで」

そもそもHSPとは、

生まれつき「非常に感受性が強く敏感な気質もった人」という意味で、「Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)」と呼び頭文字をとって「HSP(エイチ・エス・ピー」と呼ばれていますマドレクリニック「HSP(Highly Sensitive Person)ハイリー・センシティブ・パーソン」より

とある。感受性は人それぞれであるのだが、その中で「強く敏感」であることがそれに当たる。意味合いを見ていくと私もその一人かもしれない。

この敏感であるが故に「コミュ症」になってしまう人もおり、著者自身もそうなってしまった。コミュ症にかかってしまう要因はいくつもあるのだが、著者は「伝える言葉」が見つからない、そのためにうまく伝えられない傾向にあるという。

第二章「僕ががんばってきたことに気づくまで」

人は誰しも頑張る。その頑張りの度合いは人それぞれ異なり、なおかつベクトルも異なってくる。うまく努力して伝えられる人もいれば、なかなか伝わらない人もいる。またひとによっては周囲が頑張っていると思われていても、自分自身の「主観」では頑張っていないと思っている人もいる。著者はそれに当たるのかもしれない。

第三章「僕が世界の見方を変えられるまで」

変えられるのは常に自分自身である。しかしそのように「変えていく」かは、やり方や考え方、さらには習慣によって異なる。著者は「見方」を変えていくことによって変わることができた。たった一つの見方を変えていくだけでも、見る世界が変わっていく。その見方を変えるプロセスは本や散歩などと、どこにでもある。

第四章「僕が幸せをつくれるようになるまで」

幸せは多かれ少なかれ転がっている。しかしそれを受け取れるかどうかは人それぞれの気持ちや姿勢にかかわってくる。あたかも「チャンス」と同じように。

言葉を瞬時に伝えられないことからコミュ症に陥った著者は、考え方、さらには伝え方をいかにして変えて、なおかつ幸せをつかむことができるようになったのか、そのことを取り上げている。

第五章「僕があの人の希望になるまで」

コミュ症から解放され、充実した毎日を送るようになってきた。しかし支えてくれた人、頼りにしてくれた人との別れもあれば、今度は新たな機会を得ることになる。しかしそれは「成長」をしたことだった。そしてその成長によって他の人からの影響になり、「希望」へとつながっていく。

人には得手・不得手が存在しており、その不得手な部分、もしくは出来事に縛り付けられ、著者のような状況に陥る人もいる。もちろん心理的なものであるのだが、それをどのように変わっていたか、その「背中」を見せてくれる一冊である。「背中」を見てどう変わっていくか、それは読み手のあなた次第である。