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日本史

古典籍の世界を旅する―お宝発掘の目利きの力

本書は「古典籍」と呼ばれるものを紹介する一冊である。古典籍とは、 日本の古典籍は,慶應4年(1868年)以前に日本で出版・書写された書籍で,内容・形態がともに優れ価値が高い書物のこと「コトバンク」より抜粋 とある。つまりは江戸時代以前に残っていた活字・印刷物を表している。よく美術館・博物館などで展示している鳥獣戯画をはじめとした巻物もまた古典籍のひとつである。本書は歴史学的にも価値の高い「史料」と […]

古代日本の官僚―天皇に仕えた怠惰な面々

「官僚」と言うとかつては槍玉に挙げられる代表格としてあったが、現在は日本の根幹を支える部分、もといブラック企業の代表格というイメージもある。 「官僚」というと明治時代に今のような「議会」などの政府が作られたときから生まれたのかと思いきや、実は古代から天皇に使えていた方々が「官僚」と呼ばれていた。とはいえ官僚の中には貴族などの上級官僚もあれば、その下の下級官僚も存在した。中でも下級官僚は朝廷や天皇に […]

村の日本近代史

よく教科書などで取り上げられる「日本史」は中央はもちろんのこと、主要都市における出来事など多い。しかし都市や中心地から離れた「村」にもまた「歴史」が存在する。では村はどのような歴史を辿っていったのか、本書は近代から現代にかけてを取り上げている。 第1章「村の近代化構想―織豊政権期」 元々「村」は単なる人の集まりであった。その人の集まりによって伝承が生まれることもあった。しかし秀吉の天下統一に伴い、 […]

靖国神社の緑の隊長

今年の1月12日、本書の著者であり、ジャーナリストで作家の半藤一利氏がこの世を去った。世に送り出した本は数知れず、とりわけ戦前・戦後における近現代の日本史について多くの議論を巻き起こした人物として上げられる。 本書は元々軍人の合祀に批判的だった半藤氏だが、A級戦犯の合祀について反対しただけであり、戦争の犠牲者(戦死者)について祀ることについては否定していなかった。その祀られた軍人の中で特に強い印象 […]

蒙古襲来と神風 – 中世の対外戦争の真実

2013年にウェブマンガとして「アンゴルモア元寇合戦記」が連載され、今も続いており、2018年にはアニメ化された。このマンガのタイトルにある通り「元寇(げんこう)」と呼ばれるモンゴル帝国(元朝)と日本との戦いを表している。 元々元朝が対外侵略の一つとして日本に2度侵攻するも日本が勝利した。その一部始終と、元寇の中でなびいた「神風」の正体などを取り上げている。 第1章「日宋貿易とクビライの構想」 元 […]

六波羅探題 研究の軌跡―研究史ハンドブック

「六波羅探題」とは、 鎌倉幕府の職名。承久の乱後,京都の政情を監察しかつ治安を維持するために設置した,政務・軍事を統轄する執政官。南北二名を定員とし,西国諸国の訴訟を聴断するとともに,有事の際は在京人をはじめとする京都近国の御家人を指揮する権限が与えられていた。六波羅守護。六波羅殿。「大辞林 第四版」より とある。日本で言う所では役割としては高裁、人的なポジションとしては与党の幹事長か、もしくは内 […]

信長の革命と光秀の正義 真説 本能寺

今年の大河ドラマである「麒麟がくる」は新型コロナウイルスの影響により、撮影が一時休止しただけでなく、撮影開始前にはある女優の不祥事により、配役変更など、トラブル続きと言われている。しかしながら心待ちにしているファンも多く、なおかつ話が進むごとに新しい配役が発表されては、期待を寄せる方々も多いことである。 その「麒麟がくる」の主人公は本書で紹介する明智光秀であり、なおかつ光秀のなかでの最大の出来事で […]

ペリリュー玉砕 南洋のサムライ・中川州男の戦い

今年で大東亜戦争が終結してちょうど75年を迎える。戦争の怖さについて語ることのできる方々も少なくなり、恐ろしさを知るとなると、当時の映像や書物だけとなると、悲しいものである。 本書は大東亜戦争において特に後期に起こったペリリュー島の戦い、通称「ペリリュー玉砕」と、その戦いを指揮した中川州男(なかがわくにお)の生涯を取り上げている。 第一章「頑固だが純粋な「肥後もっこす」」 中川は1898年、熊本県 […]

「勤労青年」の教養文化史

「勤労青年」と言う言葉はどのような存在なのかというと、戦後間もない時に、様々な理由から大学に進学せずに、集団就職で社会に出て働く青年たちのことを表している。その勤労青年たちは、東京へ上京することの憧れもあれば、大学における「教養」としての憧れも存在していたのだという。その「憧れ」と文化の変遷はどのようになったのか、本書は勤労青年における教養そのものがどのように根付き、発展して行ったのかについて取り […]

太閤検地-秀吉が目指した国のかたち

豊臣秀吉が「太閤」になってから盛んに行われた検地であるが、検地はいったい何なのかと言うと、 「豊臣・徳川政権下で、村内の田畑・屋敷を一筆ごとに間竿(けんざお)・間縄などを用いて測量し、段別(たんべつ)・品位・石高・名請(なうけ)人を定める、土地の基本調査。さおいれ。なわうち。地検。」(「広辞苑 第七版」より) とある。実際には太閤の時代以前にも明智光秀を討った山城の戦い後から、秀吉が逝去するまで毎 […]