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明治時代

三条実美-維新政権の「有徳の為政者」

先頃安倍晋三の国葬が営まれたのだが、国葬に関する物議もあった。もっとも安倍晋三が逝去に際し、大勲位菊花章頸飾と大勲位菊花大綬章の授与および「従一位」に叙することも決定した。 この「従一位」は日本における栄典の「位階」を表している。ちなみに「従一位」より下は「正二位」「従二位」「正三位」という順番となる。 では「従一位」の上はあるのかと言うと、「正一位」がある。しかしながら叙した人物は限られており、 […]

男の愛 たびだちの詩

どうもタイトルを見ると、ある特殊な嗜好を持つ女性たちが群がるような表現になっているのだが、もちろんソッチの傾向はあるにしても、よく「男に男が惚れる」と言う言葉がある。正確に言うと鶴田浩二や東海林太郎で有名な「名月赤城山」にある一節にあるものであり、なおかつ「男心に~」となっている。 それがいつしか「男に~」となったのかもしれない。もっともこの「名月赤城山」の赤城山に縁のある人物として、一人は国定忠 […]

遠い声――管野須賀子

瀬戸内寂聴が昨年11月9日に逝去した。99歳という大往生である。作家として、そして人物としても、かなり大きな存在だった。特に作家としては俗名である「瀬戸内晴美」時代から長年にわたって活躍し、逝去する直前まで執筆を行っていたほどである。デビューしてからの前半は特に恋愛や不倫など、男女関係にまつわる小説が多かったのだが、出家し、現在の寂聴になってからは、恋愛もあれば伝記小説、さらには人生に関しての法話 […]

この空のずっとずっと向こう

江戸時代における鎖国から開国し、幕府は倒れ、近代の幕開けとなる明治時代に入った頃、文明開化の折りに、100人を超える日本人が「使節団」としてアメリカへと渡っていった。 目的は人それぞれで、欧米の文化、美術、価値観を学び、日本の発展への材料とする者。あるいは単純に海外へ行きたいという者。海外で学び夢を叶えようとする者。人それぞれいる中で、本書は100人超の使節団のうち、5人いた女子留学生の一人を取り […]

明治日本はアメリカから何を学んだのか 米国留学生と『坂の上の雲』の時代

元々江戸時代における「鎖国」の時代は特に諸外国と一切関わりが無かったとは言えない。当時の「清王朝」だった中国大陸とオランダのみ交易が認められ、長崎の出島を玄関口に貿易などの交易が行われた。 しかし1853年、アメリカの蒸気機関船「ミシシッピ号」をはじめとした4隻の船が浦賀沖に来航した。それ以前にも琉球や小笠原に来航したが、特に幕末の始まりとして浦賀沖の来航が有名である。このときにペリーから開国に関 […]

オッペケペー節と明治

時代において様々な「流行」が存在するが、本書で紹介するのは「オッペケペー節」と呼ばれるものである。今となっては奇天烈な印象を持たれるが、実はつくられたのが1889年(明治22年)であり、そこから上方落語の舞台から東京へと広がり、やがて全国に広まった歌である。またわずかにではあるものの、音源・動画も残っているほどである。 なぜ「オッペケペー節」が生まれ、関西を起点に流行していったのか、そしてそれにま […]

博覧男爵

日本には全国津々浦々に「博物館」が存在する。その地域に縁のあるもの、さらには歴史的なものに至るまで展示し、展示物で以て、その歴史的な経緯を知ることができる。 その「博物館」と言う言葉を誕生させ、さらには東京国立博物館の設立にも尽力をした「日本の『博物館』の父」と称される人物が本書で紹介する田中芳男(たなかよしお)である。 田中は元々博物学者・動物学者として江戸時代末期から活躍し、倒幕前には幕府の使 […]

板垣退助-自由民権指導者の実像

「板垣死すとも自由は死せず」 これは1882年岐阜にて遊説中に暴漢に襲われた事件にて発した言葉であるが、実際には「吾(われ)死するとも自由は死せん」である。それがメディアによって今のような言葉に変えられ、広まっていった。 板垣退助はいわば「国会の父」あるいは「憲政の父」とも呼ばれた。自由民権運動の指導者であり、なおかつ江戸時代では倒幕の主導者の一人としても有名である。その板垣退助の生涯について追っ […]

幻の「カフェー」時代 夜の京都のモダニズム

私自身はよくカフェへ行く。勉強をすることが中心なのだが、世間話が聞こえる喧噪の中だと集中できる性質であるため、図書館で勉強するよりも捗ってしまう。もっとも高校の時からずっとそのような時分であったため、むやみに変えることは出来ない。もっとも一時期は仕事でも使ったことがある。 しかし本書は「カフェ」ではなく「カフェー」である。 カフェーは元々今ある「カフェ」と同じくコーヒーなどを出して歓談するようにな […]

奇妙な瓦版の世界 江戸のスクープ大集合

元々新聞は「瓦版(かわらばん)」と呼ばれており、江戸時代において事件や災害などを伝える手段としてあった。その瓦版の記事を読み歩いた人のことを「讀賣(よみうり)」と言われ、現在ある大手新聞の一つである「読売新聞」の由来にもなっている。 しかしその瓦版の記事は新聞と言うよりもゴシップ誌の側面もある。その瓦版にてどのような記事が出てきたのか、本書はめくるめく瓦版で出てきた記事を取り上げている。 1.「怪 […]