平和の発見―巣鴨の生と死の記録

ちょうど60年前の今日、A級戦犯7人が絞首刑に処せられた日である。
東京裁判が結審した時も60年前。当ブログでは数カ月にわたり東京裁判についての本を書評してきた。今回はちょうど一区切りということで本書を選んだ。ちなみに本書は昭和24年に初版されたのだが、今年の終戦記念日に新装復刊された一冊である。
本書は東京裁判にあたって、そして7人の死刑囚の巣鴨プリズン内での姿をありのまま映している。とりわけ明日には「あの戦争とは何だったのか 日米開戦と東条英機」というドラマが放送される。東条英機は今や「大東亜戦争の実行者」や「独裁者」と言ったレッテルが貼られている。余談であるが明日放送されるドラマは大東亜戦争が起こる前、東条英機が首相の大命降下を受けたときから始まるだろう。天皇の意見に最も忠実であった東条がどのような心境であったのかが楽しみである。今回の書評では絡んでくるのか分からないがこの書評では東条が辞任してA級戦犯に指名されたあとの所から書かれている。東条は狭量(器が小さい)な性格で有名であり、戦後間際には数々の方言で軍部や国民に罪をなすりつけようとした。A級戦犯に指名され、巣鴨プリズンに収監されてからそのときとはまるで嘘のように心境が変わった。本書の著者である教誨師(本書では「ぼうさん師」と言っている)花山信勝の説法により浄土真宗に帰依した。ちなみに7人のA級戦犯のうち広田を除いて全員が帰依した。広田はなぜ帰依しなかったのかについてはおいおい説明するとして、東条は浄土真宗に帰依してから、自分が内閣の時のことを思い出す度「私は極悪人だ」と懺悔していた。それ以前にA級戦犯として収監された時から東条は「死刑」以外に判決は考えられないとわかりきっていた。花山氏が東条英機と会話した時の印象について、
「私の、こうした会話を交わしたときの、東条という人は、かつて、新聞でみたり、きいたりした、あのいかつい人柄ではなく、きわめて淡白な、枯れたおじいさん――と言った感じであった(p.50より)」
大東亜戦争中、とりわけ首相在任中の印象とは全くかけ離れていたということを表している。東条はこの巣鴨プリズンの中では性格的に、精神的に丸くなったと言ってもいい。
本書は教誨師として巣鴨プリズンで教えを説いていた花山信勝が巣鴨プリズンでの戦犯たちの心情について花山氏自身が感じた点について克明に描かれている。
とりわけ絞首刑となったA級戦犯7人の最期の時を見た唯一の日本人である。そのことからA級戦犯の最期の瞬間についてを表す唯一の史料として言える。
序章「巣鴨の門」
第一章「文人の感起」
第二章「花とローソク」
第三章「東京裁判の二年間」
ここでは花山氏が直接A級戦犯と面会したことについて書かれている。さらにそれぞれの戦犯たちに仏教に関する文献を差し入れたことも書かれている。そのせいか東京裁判の時のことをオランダ人判事であったベルト・レーリンクが、
「私が会った日本人被告は皆立派な人格者ばかりであった。特に東条氏の証言は冷静沈着・頭脳明晰な氏らしく見事なものであった(Wikipediaより)」
と述懐した。
第四章「二十七死刑囚の記録」
ここではA級戦犯が処世される前にBC級戦犯でもって処刑された27人の記録についてつづられている。
第五章「巣鴨生活みたまま」
第六章「東京裁判の終幕」
25人(精神異常で免訴となった大川周明、判決前に獄死した松岡洋右と永野修身を含めると28人)が巣鴨プリズン内での印象や生活について花山氏の視点から書かれている。
第七章「七人の面談記録」
東京裁判結審後7人の死刑囚土肥原賢二、広田弘毅、板垣征四郎、木村兵太郎、松井石根、武藤章、東条英機という順で面談の様子を紹介している。そこには罪を認めるというよりも、これから世論で死んでいくという姿があった。
第八章「昭和二十三年十二月二十三日午前零時一分」
これは東条、土肥原、松井、武藤の絞首刑が執行された日時である。ちなみに残った三人は午前零時二十一分に執行された。巣鴨プリズンの絞首台は5つしかなく、そこで4人と3人の2グループに分けて行われた。ちなみに広田の「今マンザイしてたでしょう」というのは零時一分から二十一分までの間に交わされていた。
第九章「平和の発見」
増補「東条元大将の遺言」
東條は死ぬ間際の面会の時に家族にあてた遺言とは別に花山、東京裁判にあたって弁護を務めた清瀬一郎とブルーエットあてに遺言を託した。これは家族にあてたものとは違い世界に向けての声明であることから没収されることは確実であった。そこで東条が語ったことを花山がメモを取るという形となったのがこれである。そのため必ずしも正確ではないところもあると花山氏も認めている。またこの遺言書となった用紙は約20枚にも上るが未だに見つかっていないことを付け加えておく。
前述のようにA級戦犯が絞首刑に処して60年となるこの日。同意ではあるが東条英機が亡くなってちょうど60年となる。翌日にはTBS系列で大東亜戦争が開戦された理由について放送されることだろう。こういった節目だからという理由ではないが、個人的にこの数カ月の間東京裁判に関する文献を読みあさり自分なりの歴史観を形成することができた。これからも東京裁判に関する書評は続けていくが、この数カ月のように乱発することはないだろう。それでも歴史を学ぶこと、戦争を学ぶということは日本人が歩んだことを続けるべきところ、やめるべきところを知ることができるいい機会である。国語とともに歴史は日本人のアイデンティティを学ぶ上で非常に重要なことである。
戦争は私もきらいであり、未来永劫起ってほしくない。そのためには今までの歴史を鑑みていくこと、また戦争とは何かというのを本気で勉強することにしたうえで語りたいと私は思う。

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