極上 歌丸ばなし

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極上 歌丸ばなし 極上 歌丸ばなし
桂 歌丸 山本 進

うなぎ書房  2006-05
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もはや「「笑点」の顔」とであり、落語芸術協会の会長であり、ついこの前まで肺気腫で入院していた桂歌丸の自伝である。本書が発売されてまだ間もない時に笑点で本人が宣伝していた時に三遊亭楽太郎が「遺書ですか?」と言ったそうだが、笑点を見ている限りではあと30年は大丈夫だろう。
第一章「生まれ育った真金町」
八代目桂文楽が「黒門町」、三代目古今亭志ん朝が「矢来町」と言われるが如く、桂歌丸も「真金町」でまかり通っている。この章では歌丸が生まれてから噺家になる決意をするまでのところについて書かれている。女郎屋で育ったせいか落語で女性のしぐさをする時は、結構巧いと思ったがそのルーツがここにきているとはとも感じた所である。
ちなみにこの章の最初の「真金町の三大ばばあ」にある「ばばあ」は歌丸夫人の富士子さんではないので悪しからず。
第二章「歌が歌えない歌丸」
かつて圓楽が司会をしていた時に「歌が下手だから…」ということがあったがそう言うことなのかなとも思った。
それはさておき、この章では歌丸が入門してからのことが書かれている。歌丸が入門したのは五代目古今亭今輔。「古典も昔は新作だった」という持論を持つ「新作派の闘将」として有名である。得意演目というと、「ラーメン屋」「青空おばあさん」「おばあさん三代姿」「ねぎまの殿様」というものがある。古典でも「死神」と言った噺も得意としていた。今輔が歌丸に教えたのは古典も新作も両方教えている。余談であるが歌丸以外の弟子には新作しか教えていないという。
噺を戻す。香盤問題によって半ば破門状態となって化粧品会社のセールスマンをやったという。歌丸の得意話に「化粧術」があるがこのことがルーツになっているのだろう。
歌丸は噺家に復帰し、今輔の総領弟子の四代目桂米丸門下で再スタートした。
第三章「新作も土台は古典」
米坊という名前をもらい、のちに今の「歌丸」という名に改名した歌丸は、真打に昇進して、「笑点」の思い出、そして落語芸術協会会長へまで駆け上がった所について書かれている。
歌丸になってからはもう周知の通りであるがここでは、当時の笑点で、罵倒合戦で有名だった四代目三遊亭小圓遊のはなしから、芸協副会長の時に会長だった十代目桂文治の性格に至るまで書かれている。そう言うことを考えると噺家の裏話が多く、歌丸から見た噺家の側面が窺えるところである。
第四章「変わった噺ばかり」
古典噺への思い、そして一門のことなどについて本書の編者である山本進氏との対談について書かれている。
第五章「笑いのある人生」
歌丸師匠のサインはいつも「笑いのある人生」である(時折「笑顔で美しく」も書いている)。しかし前は「釣り」について書かれていたという。歌丸の趣味は「釣り」であり笑点で回答者だった時代には外来魚に関することについてよく引き合いに出すことが多かった。
桂歌丸についての側面を垣間見た1冊であった。本書を読んだ上で笑点を見るもよし、そして寄席やホールに足を運ぶもよし、ぜひ歌丸の落語をお勧めする。
最後に大きな余談であるが、圓楽について書評した時にこのような記事があったことを紹介し忘れた
近年は「落語ブーム」と言われている。ベストセラーとなった立川談春の「赤めだか」然り、TOKIOの国分や長瀬然り、笑点然りといろいろな起爆剤でもって落語は盛況となっている。ただ圓楽はこういったブームは否定するわけではなく、下手な噺家でも上手な噺家でも笑っているという今の状態を批判している。確かに私も寄席に行くことが何度かあったが、とりわけ夜には講座の時にいびきをかいて寝ている人もいた。しかし名人とうたわれた噺家の出番になったらひょいと起きて、聴いていた。最近までの「お笑いブーム」のなごりからかそんな風潮になったのだろう。「笑い」をやるというのはただ客席が笑えばいいというわけではない。心からグッときかせて笑わせる凄さを持っている人が本物と言える。「笑い」というのは簡単なようで難しい。

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