昭和30年代に学ぶコミュニケーション―不易流行の考え方

コミュニケーションの手段は多岐にわたるのだが、論者によっては希薄化しているように見えており、主張している人も少なくない。もっとも著者もその一人であり、電車で移動している最中にスマホを見ながら下を見るような人が多くなっていることを売れいており、本書を上梓した理由としてあるのかも知れない。実際にコミュニケーションのあり方は変化しており、本書の題材となっている昭和30年代と現在とでは大きく異なる。そもそも昭和30年代のコミュニケーションはどのようなものかを取り上げている。

第1章「なつかしき昭和30年代とは」
昭和30年代の世界は私自身も想像できないのだが、ある種で分かるものとしては現在でもアニメで放映されている「サザエさん」がある。ちゃぶ台を家族で囲んで晩ご飯を食べるシーンが思い浮かべる。また買い物でも井戸端会議のような会話が所々で存在していた。そういった風景があるのだが、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の映し出している風景そっくりである。

第2章「コミュニケーションの不易さ」
今となってはスマホなどインターネットを使ってのコミュニケーションが多いのだが、かつてはそういったものが存在せず、あくまで対面での会話、電話、手紙などが主立った手段としてあった。もっとも情報を授受するものでも新聞や雑誌、テレビもあったくらいである。

第3章「見失われてしまったコミュニケーション」
年中行事にも様々な人との関わりによって会話をするなどのコミュニケーションを行うことが多かったという。もっとも地域住民との関わり合いによって育ったり、つながりを持ったりすることができるようになった。そのつながりがだんだんと「不寛容」になったり、「壁」をつくったりするなどで希薄なものとなってしまう一方になっている。

第4章「コミュニケーションの「温故知新」」
会話をすると言っても現在ではインターネット上でも行われるのだが、他にも電話なども現時点で残っているのだが、他に「温故知新」の要素として次章にて挙げられる「手紙」がある。

第5章「「手紙」のコミュニケーション力」
その手紙には文章だけでなく、筆跡からも語ることができる。もっとも言葉の一つ一つに行間があり、その行間が読み手に伝わり、気持ちをくみ取ることができるようになる。もっとも人が書くのだから、筆跡などからもコミュニケーションとして気持ちなどを受け取ることができるようになる。

第6章「「旧暦」から生まれるコミュニケーション」
「旧暦」には「七十二候」と呼ばれるものがある。手紙を書く際に「拝啓」や「前略」の後に書かれる言葉であり、細かい季節の表現を描き、読み取ることができるようになる。それを駆使することによって細かいコミュニケーションを図ることができるようになる。

「温故知新」と言う言葉がある。それが詰まった一冊である一方で、「懐古的」といった印象が強かった。とはいえ、手紙はこういった時代だからでこそ重要性が増し、レターグッズも今もなお置いてある。もっと言うと手紙の有用性についての本も数多くある。昭和30年代とまでは行かないでも、かつてあったコミュニケーションにも良いところがあり、それを使うこともまた大切である。

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