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2018年3月

足利将軍と室町幕府―時代が求めたリーダー像

室町時代は足利の時代であった一方で、歴史の中では南北朝の影がつきまとっている。しかも征夷大将軍として足利家が天皇家の庇護を行う宿命を背負うこととなった。その背負うこととなった足利家はどのような室町時代の歴史を辿っていったのか、そのことを取り上げている。 第一部「南北朝期の足利将軍家と北朝天皇家」 初代将軍の足利尊氏から三代将軍の足利義満までの間は室町時代の中でも南北朝時代とも呼ばれていた。室町時代 […]

告発 児童相談所が子供を殺す

子供のセーフティーネットとしてある児童相談所、しかしその児童相談所が子供を殺す助けとなっている現実を本書でもって暴露している。衝撃的であるのだが、実際に児童相談所はなぜ虐待のセーフティネットとなり得ないのか、そこには児童相談所の「内情」があった。 第1章「なぜ虐待死は防げなかったのか」 本章で取り上げる虐待事件は神奈川県相模原市で起こった事件を取り上げている。その事件は児童相談所にも何度も相談が行 […]

俺たちはそれを奇跡と呼ぶのかもしれない

「奇跡」と言う言葉をあなたは信じるか。 私自身確率に関して色々と研究したことはあるものの、それでも「奇跡」は信じている。低い確率の中でも、どんなに悪い方向でも逆転してうまく行くと言ったことがある。それを「奇跡」と私は考える。 私の考えはここまでにし、もしも自分自身が朝目覚めたら他の誰かになったらどうなるのか、それを「奇跡」だと思うのか、それとも「不自然」だと思うのか、捉え方によっても異なるかも知れ […]

発達障害を仕事に活かす

「コンプレックスは武器になる」 その言葉を周囲の人から聞いたことがあるのだが、私自身あまりピンとこない。もっともコンプレックスというとネガティブなイメージを持ってしまうのだが、実際にはネガティブと思っているだけで、心や捉え方によって武器に転ずることができるようになる。もちろんそれは「発達障害」も例外ではない。「障害」というだけあり、コンプレックス以上にネガティブなイメージを持ってしまうのだが、それ […]

續 太閤私記

農民から織田信長に仕え、本能寺の変を乗り越え、天下統一を果たした豊臣秀吉。関白から太閤にまで上り詰めるのだが、天下人に至るまでの道のりを「私記」と言う形で創作した一冊である。 もちろん創作なので史実とは所々異なる部分があるのだが、その異なる部分を著者の見せる豊臣秀吉の側面が映し出している。 元々諸説はあるものの豊臣秀吉の人生はまさに「立身出世」と呼ばれるような人生を歩んでいったのだが、信長に仕える […]

世界のエリートはなぜ歩きながら本を読むのか?

本書のタイトルを実践しようにも、歩きスマホのように前を見なくなってしまうため、歩道を歩くと危険である。しかし言葉は言いようであり、それだけ時間の管理を大切にし、なおかつ学ぶ、あるいは運動をしながらも、様々なことを得ながら、ビジネスへと転化し、そしてビジネスパーソンとして成長を遂げることができるようになる。そのエリートのことを「パワーエリート」と呼ばれるのだが、そのエリートはどのようにして醸成される […]

新装版 花と草木の歳時記

元々本書は1981年に出版されたのだが、それが37年の時を経て復刻した一冊である。37年前と全く同じというわけではないのだが、その時代の中に生きた自然と現在の自然、いずれも変わらないものがある。 本書はそういった草木の有り様を文章にてしたためたエッセイである。しかもその草木は春夏秋冬、さらには月によって変わってくるだけあり、月ごとに見える草木も変わってきており、さらには情景も変わってくる。 私自身 […]

ポジティヴ・アクション――「法による平等」の技法

日本国憲法の中には「法の下の平等」が第14条にて定義されている。これは権利・義務の中においていかなる場合であっても平等であることを原則として述べられており、日本に限らず先進国を中心とした国々でも採用されているのが「平等」である。その平等におけるアクションとして本書にある「ポジティヴ・アクション」があるのだが、実際に日本に限らず、様々な国にて行われてきたアクションにはどのようなものがあるのか、そのこ […]

愛が挟み撃ち

簡単に言えば「三角関係」であるのだが、いざ「三角関係」のことを考えるとドロドロとした印象を持ってしまうのだが、本書における「三角関係」はどうも考えさせられるものである。 その「考えさせられる」理由として「愛」そのものの定義にある。哲学的な論考のように思えるのだが、実際に男女の付き合いをする、あるいは恋愛をしないと分からないのかもしれない。もっとも自分自身は恋愛事にはとても疎い(というか彼女いない歴 […]

公立中高一貫校

中高一貫校というと「私立」の専売特許のイメージがあるのだが、実際には都道府県や市町村立と呼ばれる「公立」の中高一貫校も存在する。公立であるだけに学費が安く、なおかつ充実した教育を受けることができるようにもなってきた。他にも受験のみならず、社会人になってから役立つような実践的な教育まで行われるようにもなっている。そもそもなぜ公立の中高一貫校ができてきたのか、その学校ではどのような教育を行っているのか […]