アドラーの思い出

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今年のビジネス書のキーワードとして取り上げられるのが「アドラー」、もしくは「アドラー心理学」が挙げられる。「アドラー」はアルフレッド・アドラーのセカンドネームから取っており、19世紀終わりから20世紀始めにかけて活躍した心理学者で、夢理論で大成したフロイトと双璧をなす存在である。しかしこれまではなかなか認知されていなかったのだが、昨年末に「嫌われる勇気」が発売され、大ヒットしたことを皮切りに、数多くのアドラー本が発売された。そのほとんどがアドラーの名言集や、アドラー心理学とはいったい何なのかというような「入門編」にあたるような本である。

本来であれば「嫌われる勇気」と言った本を取り上げるべきなのかも知れないが、そもそもアドラー心理学の源流はどこにあるのだろうかと言うことを考えると、最近出た本では面白くないので、今回は7年前に出版された本を取り上げてみようと思う。本書は心理学を解説するのではなく、アドラーの評伝とともに、近しい人物からみた「アルフレッド・アドラー」とはどのような存在だったのかを取り上げている。おそらくアドラー心理学が認知されるなかで、違った角度でアドラーを見ることができるのは本書だけかも知れないと思い手に取った。

<アルフレッド・アドラーの短い伝記>
アルフレッド・アドラーは1870年にオーストリアのウィーンにて中流階級のユダヤ人の子として生まれた。子供時代は病弱で、身体的なコンプレックスを行くも抱えてしまったことにより、後々に有名になる「劣等感」を覚えるようになった。それから医学に関心が無期、大学も医学大学に入学、卒業を経て開業医をする事となった。その開業医生活は順風満帆なものだったのだが、その要因として「わかりやすく説明する」というのがあった。

その後、後に夢理論で精神医学の権威となるジークムント・フロイトと出会い、互いに精神医学を勉強しあう、さらに新聞の共同編集者にまでなった。しかしその後、フロイトとの決別、そして第一次世界大戦の徴兵を経て、アメリカに移り住み、アドラー心理学を醸成していった。

<家族と愛する人々>
アドラーは心理学者であるが、アドラーの子供も同じような道をたどっている人もいる。アドラーの次女であるアレクサンドラ・アドラーはアメリカ・ニューヨークで自分の研究所を開設し、精神科医として活躍している。次女が医師になった理由は父親であるアルフレッドに他ならなかったのだが、志したエピソードは今となっては「虐待」と捉えかねないようなものだった。しかしそれが次女にとっては大きな「きっかけ」になったのだという。また、長男も次女と同じく精神科医として活躍している。

<友人と仲間>
アルフレッド・アドラーには友人が何人もいる。大学の学友もいれば、彼が研究していた精神医学の新聞の仲間などもいる。ほかにもアドラーが教鞭を執っていた大学の学生もいた。
友人や仲間からみたアドラーの姿は生真面目でいながらも、おもしろいことを話したり、行動したり、相手に要求したりするなどユーモアに富んでいたという。

<仕事>
アドラーの仕事ぶり、もしくは仕事哲学とはどうだったのだろうか。そのことについて仕事仲間のみならず、次女や長男の立場からも語られている。会議で一緒になった方が精神分析についてどのような質問を行ったのか、さらには元々開業医として培ってきたわかりやすい説明の一例として人物の喩え方などが取り上げられている。

<アドラーと過ごした30日間>
肉親以外で近しい存在として本章ではアドラーの秘書を務めていた方が、ともに過ごした30日間を日記としてつづっている。しかもの30日間はアドラーがこの世を去る1年ほど前のことである。日記がつづられていた当時はアメリカに拠点を置きながらもイギリスなど国内外と股にかけて活躍をしていた。本章では日記をそのまま綴られてあるだけでは無く、その日の新聞記事を中心に解説も付け加えられている。

<劣等感ものがたり>
アドラーの中で未収録だった作品を取り上げている。ただ、アドラー心理学のキーワードとしてある「劣等感」について、自分自身の生い立ちを元に取り上げられているが、失敗のあり方から目標などビジネス書における名言にも収録されているものも所々ある。

アドラー心理学やアドラーの名言を読んでいる方であれば是非読むと良い一冊であるが、何せ本書は7年前に出版され、なおかつ限られた書店にしかないことだけは付け加えておく必要がある。それだけ希少価値が高い一冊といえる。その理由は等身大のアドラーを知ることができるのだから。

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