大班―世界最大のマフィア・中国共産党を手玉にとった日本人

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株式会社オトバンク 上田様より献本御礼。
中国でビジネスをしている日本企業、日本人は少なくない。しかし日本と違って中国には文化・性格が異なっており、それで苦戦するもの、あるいは撤退するものもいた。しかしその一方で中国の懐に入り、手玉に取った一人日本人がいたという。本書は実際にそれを行った人物・千住樹の生き様を描いている。

第一章「公私混同しなければ中国人ではない(1992年)」
元々中国は共産党政権がすべてを掌握している。しかも掌握している範囲は表の社会もあれば、「黒社会」と呼ばれる裏の部分も含めてである。その裏社会の掌握しているのはチャイニーズ・マフィアなのかというとそうではなく、そこもまた中国共産党が握っている。しかもその共産党では今でこそ汚職の浄化を標榜しているものの、賄賂を働くなどの黒い面も存在している。もっと言うと「公私混同」をしている面もあるという。その背景には元々中国大陸にある「家族主義」がある。

第二章「脱税物販ビジネス(1988年)」
天安門事件が起こる1年前、あるものの需要がひっ迫しており、それが千住にとって大きなビジネスチャンスとなった。それは今となっては高機能端末として使われるほか、携帯できるようなものにもなった。しかしひっ迫した当時は電話ですら共産党の監視が行われており、その監視を潜り抜けられるようなものが中国国民の多くが欲しがっていたという。

第三章「幇(パン)の恐怖(1994年)」
「幇(パン)」とはいったい何なのかというと、

「中華民族特有の集団」(p.90より)

という。さらに深掘りすると、

「この国では、血縁、地縁、職業の縁をもとに利害を共有する幇がいったん出来上がると、日本企業の組織力など歯牙にもかけないほどの結束力を発揮する」(p.90より)

とある。「縁」というよりも利害関係の一致に伴う中華民族の集団となる。しかもその集団は、その中の結束力は強固でありながら、それが他の組織を蝕むことさえある。千住はその「幇」とも裏で戦っていた。

第四章「三つ子の魂百まで(1991年)」
本章では千住がある中国人と関係を築いた後の小旅行の中で、千住自身の生い立ちを語ったものである。千住の生い立ちはまさに「激動」と呼ばれるものであり、なおかつ中国のみならず国際的な人生を送っていた。

第五章「「関係(グワンシ)」の移転(1996年)」
関係(グワンシ)の移転は幾度となくある。千住も何度も関係を色々と変えて行った。本章では信頼のできる中国人がどういう人なのか、そしてどのように関係が変わったのか、そのことについて取り上げている。

第六章「チャイナ・オペレーション(2001年)」
冒頭で撤退したり苦戦したりする日本企業・日本人について取り上げたのだが、それを総称して「チャイナリスク」がある。そのチャイナリスクを回避するために、千住は会社のためにどのようなことを行ったのか、そのことについて取り上げている。

第七章「反日デモ(2012年)」
反日デモは今に始まったことではない。もっとも戦前には「抗日・侮日デモ」があったように、戦前・戦後にかけて何度も行われた。直近では2012年だが、それ以前にも2004年に起こったのが有名である。というのはサッカーアジアカップでの日本人選手団の移動中、バスを取り囲んであたかも暴動のようなデモを起こされた。
2012年の反日デモは政府が尖閣諸島を国有化したことを理由としたデモである。そのデモに対し千住はどのような対応をしたのかについて取り上げられている。

第八章「それから(2015年)」
習近平体制になってから、「腐敗撲滅」などを打ち出してきたのだが、現状は、

「これはあくまでも建前でしかない。基本的にはこれまでと何も変わりはない」(p.261より)

とある。そのような状況の中で千住はこれまでの中国、そしてこれからの中国を見据えながら、これからどうしていくのか、その展望とともに語っている。

中国は単純に人口が多いから、経済的に活気づいているからというような軽い気持ちで中国進出したら痛い目に遭う。その「痛い目」について千住は体験し、逆に反撃した。その姿をノンフィクションノベルとして投影し、これから中国でビジネスを行う方々に対しての道標を示している。

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