「厄年」はある!―乗り越え方と運を掴むヒント

先日12日に24歳の誕生日を迎えたのだがこの24歳は数えで言うと25歳、男なのでちょうど最初の「厄年」に当たる年である。前厄の時から故郷で買ったお守りがあるので後はお祓いを受けるだけという立場なのでこれからどこでお祓いを受けようかという所で迷っているのだが、そもそも「厄年」というのは何なのかと考えると答えを窮してしまう。「厄」と言うと「災厄」や「厄介」と文字の如く悪い印象が強い。しかしそれだけではないものがあるのではと思い本書を手に取った。

第一章「厄年は人生の転機」
最初に述べたように「厄年」はある年齢になるとその名の通り、災いが起こる。宗教学者である著者も例外なく厄年、後厄の時に大事件が起こったという。
「オウム事件」
である。関連性がないように思えるのだが、その事件を機に著者は勤めていた大学を退職せざるを得なくなる。それからというものお金は底をつき、宗教学者としてもあまり仕事がなく、ようやく好転し始めたのは21世紀になってからだという。
著者の体験談ではあり、科学的な根拠はないものの、「厄年」という恐ろしさを感じさせた。

第二章「ルポ・妙法寺と佐野厄除け大師」
厄除けの寺はいくつもあるのあるが、本章では「関東の三大師」の一つである「佐野厄除大師」を紹介している(「関東の三大師」他には「西新井大師」と「川崎大師」がある)。しかも「佐野厄除大師」は「関東の三大師」唯一の「天台宗」である(残りの2つは「真言宗」)。本章ではもう一つ紹介されている「妙法寺」も同じく天台宗であり、過酷な修行で有名な延暦寺が総本山である。

第三章「厄年を転機に変えた人々」
厄年と言うとどうも悪い印象でしかないように思えるのだが、決して悪いことばかりではないという所を教えてくれるところである。
本章では厄年をチャンスに変えた偉人達を紹介している。弘法大師・空海や天台宗の祖である最澄、曹洞宗の祖・道元、また源頼朝織田信長など厄年の時、とりわけ男性では数えで42歳、女性では数えで33歳の「大厄」の時の事柄についてピックアップをしている。

第四章「歴史が作り上げた厄年の重み」
厄年の歴史は非常に長い。平安時代から既に存在しているとされているが、本章によるとこの「厄年」が大きく扱われ始めたのは江戸時代に入ってから、そして「厄除け」というのがメジャーになったのは明治に入ってからとされている。
ざっと計算したら140年ほど続いている厄除けと、約1000年以上続いている「厄年」。日本は「厄」の印象をこれだけ長い歴史でもって続きながらも進化して言っているというのがよくわかる。

第五章「厄年を活かす」
男性の大厄は数えで42歳。現在では働き盛りであり、仕事に生活にと忙しいながらも充実した時である。本章でも書かれていたが、女性は数えで33歳。こちらも働き盛りではあるがそれ以上に「結婚適齢期」である。
「厄」ということあって当然災厄などの悪いことは起こるのだが、「災難」と言った「難」との違いについて紹介を交えながら「転機」として捉えたらいいのではというのが本章の主張である。
「厄除け」というのができる以上、どのようにして「厄」を取り除くのかということにしてものちの人生に大きくかかわってくる。

第六章「厄年を引き受ける」
「厄」というのは災いなど悪いことばかり起こるのだが、それによって身の回りの変化が起こる、自分の人生観やライフスタイルを変化させる大きな「チャンス」と捉えた方がいい。
その例として斎藤茂吉茂太親子を紹介している。

私は今年数えで25歳。ちょうど最初の厄年である。とはいっても前厄の時には就職に配属にと2回も引っ越しをし、生まれて初めて関東で暮らし始めた。あれからもう1年がたつ。
今年はどのような災厄が待っているのか、そして厄除けはいつやろうかもう今年も折り返し地点が過ぎているのにもかかわらず悩み続けている私である。

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