シリーズ「『貞観政要』を読む」~4.巻三<君臣鑒戒><擇官><封建>~

<君臣鑒戒第六>

巻三の最初は君臣としてのあり方・戒めについてのやりとりを取り上げたものです。

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貞觀六年,太宗謂侍臣曰:「朕聞周、秦初得天下,其事不異。然周則惟善是務,積功累德,所以能保八百之基。秦乃恣其奢淫,好行刑罰,不過二世而滅。豈非為善者福祚延長,為惡者降年不永。朕又聞桀、紂,帝王也,以匹夫比之,則以為辱。顏、閔匹夫也,以帝王比之,則以為榮。此亦帝王深恥也。朕毎將此事以為鑒戒,常恐不逮,為人所笑。」魏徴對曰:「臣聞魯哀公謂孔子曰:『有人好忘者,移宅乃忘其妻。』孔子曰:『又有好忘甚於此者,丘見桀、紂之君乃忘其身。』願陛下毎以此為慮,庶免後人笑爾。」
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唐以前、いわゆる「周」や「秦」という王朝についてのやりとりです。二つとも中国大陸を代表する王朝ですが、期間は歴然としていました。

「周」王朝の皇帝たちはただ、民たちのために「功徳」を行うため「善」を尽くし、700年以上にわたって続くことができたと言われています。

一方「秦」は皇帝たちが贅沢の限りを尽くし、民たちには懲罰(厳罰など)を行うことを進んで行い、わずか数十年で滅びました。

ここでは、君臣が「善」を行うことというよりも、その先です。自分の「徳」について反省をしているところにあります。

そこで魏徴は「人心を忘れることの愚かさ」について説き、励ましたと言われていますが、この魏徴が励ました話は論語にも記されているものです(魯の哀公と孔子の話)。

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貞觀十四年,太宗以高昌平,召侍臣賜宴於兩儀殿,謂房玄齡曰:「高昌若不失臣禮,豈至滅亡。朕平此一國,甚懷危懼,惟當戒驕逸以自防,納忠謇以自正。黜邪佞,用賢良,不以小人之言而議君子,以此慎守,庶幾於獲安也。」
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唐と高昌国が平定(具体的には高昌国の王が交通を妨害したために滅ぼされた)したときの宴で諫言したところです。

国家建設をするためには自分が慢心にならないことももちろんですが、臣下に対しても媚びへつらうような人を嫌い、賢くかつ自分に対して諫言をするような人を持つことによって自戒することができ、国を安泰し続けることができると言います。

企業の事業拡大についても同じことがいえ、経営者には自分に対して諫められる部下を持ち、経営者自身が慢心にならず、まっすぐな心をもって、会社を維持し続けることができるといいます。

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太宗曰:「公意推過於主,朕則歸咎於臣。夫功臣子弟多無才行,藉祖父資蔭遂處大官,德義不修,奢縱是好。主既幼弱,臣又不才,顛而不扶,豈能無亂。隋煬帝録宇文述在藩之功,擢化及於高位,不思報效,翻行殺逆。此非臣下之過歟。朕發此言,欲公等戒?子弟,使無愆過,即家國之慶也。」
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君主の過ちを諫めることは臣下としての役割ですが、臣下に非があるのに、それを君主に押しつけるのは違います。

そうなってしまうといくら賢臣とは言え「不才」というレッテルを貼られます。

臣下が君主を諫めることも大事ですが、君主が押しつける臣下を糺(ただ)すこともまた君主の役割です。

<擇官第七>

臣下や官吏としてどうあるべきかを説いた章です。

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如晦對曰:「兩漢取人,皆行著郷閭,州郡貢之,然後入用,故當時號為多士。今毎年選集,向數千人,厚貌飾詞,不可知悉,選司但配其階品而已。銓簡之理,實所未精,所以不能得才。」太宗乃將依漢時法令,本州辟召,會功臣等將行世封事,遂止。
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官吏というのは、日本の中央省庁でいう「官僚」です。その時代の「官吏」にしても、日本の「官僚(国家一種)」にしても人気が高く、毎年のように多くの人々が受験をするのだそうです。

競争の激しく、かつ人材も多く入ってきており、すべてを官吏を知ることができませんでした。

そこで君主は官吏となる条件を世襲にしようと考えたのでしたが頓挫したそうです。

いわゆる「世襲」によって人材を減らし、最適化を図ることでしたが、日本の政治も「世襲問題」が起こっているごとく、悪い部分もあります。

「世襲」云々もありますが、「よい人材」を選び、かつ最適な人数に絞ることはいつの世も難しいことなのかもしれません。

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然而今之群臣,罕能貞白卓異者,蓋求之不切,勵之未精故也。若?之以公忠,期之以遠大,各有職分,得行其道。貴則觀其所舉,富則觀其所養,居則觀其所好,習則觀其所言,窮則觀其所不受,賤則觀其所不為。因其材以取之,審其能以任之,用其所長,?其所短。進之以六正,戒之以六邪,則不嚴而自勵,不勸而自勉矣。故《説苑》曰:「人臣之行,有六正六邪。行六正則榮,犯六邪則辱。何謂六正。一曰,萌芽未動,形兆未見,昭然獨見存亡之機,得失之要,預禁乎未然之前,使主超然立乎顯榮之處,如此者,聖臣也。二曰,?心盡意,日進善道,勉主以禮義,諭主以長策,將順其美,匡救其惡,如此者,良臣也。三曰,夙興夜寐,進賢不懈,數稱往古之行事,以厲主意,如此者,忠臣也。四曰,明察成敗,早防而救之,塞其間,絶其源,轉禍以為福,使君終以無憂,如此者,智臣也。五曰,守文奉法,任官職事,不受贈遺,辭祿讓賜,飲食節儉,如此者,貞臣也。六曰,家國昏亂,所為不諛,敢犯主之嚴顏,面言主之過失,如此者,直臣也。是謂六正。何謂六邪。一曰,安官食祿,不務公事,與代浮沈,左右觀望,如此者,具臣也。二曰,主所言皆曰善,主所為皆曰可,隱而求主之所好而進之,以快主之耳目,楡合荀容,與主為樂,不顧其後害,如此者,諛臣也。三曰,中實險ヒ(言へんに皮),外貌小謹,巧言令色,妬善嫉賢,所欲進,則明其美、隱其惡,所欲退,則明其過、匿其美,使主賞罰不當,號令不行,如此者,奸臣也。四曰,智足以飾非,辯足以行説,内離骨肉之親,外構朝廷之亂,如此者,讒臣也。五曰,專權擅勢,以輕為重,私門成黨,以富其家,擅矯主命,以自貴顯,如此者,賊臣也。六曰,諂主以佞邪,陷主於不義,朋黨比周,以蔽主明,使白黑無別,是非無間,使主惡布於境内,聞於四鄰,如此者,亡國之臣也。是謂六邪。賢臣處六正之道,不行六邪之術,故上安而下治。生則見樂,死則見思,此人臣之術也。」《禮記》曰:「權衡誠懸,不可欺以輕重。繩墨誠陳,不可欺以曲直。規矩誠設,不可欺以方圓。君子審禮,不可誣以奸詐。」然則臣之情偽,知之不難矣。又設禮以待之,執法以禦之,為善者蒙賞,為惡者受罰,安敢不企及乎。安敢不盡力乎。
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長くなってしまいましたが、この三巻のなかでもっとも肝心な「六正六邪」についてを取り上げています。

「六正」は、それらを行えば栄え、称えられるとあります。具体的には

1.物事の悪いきざしや国の存亡を見抜き、君主に知らせ、諫言すること。(聖臣)
2.何物にもとらわれず、善い行いに精通しつつ、君主にもその道に導かせることができること。(良臣)
3.賢者を進めるために努力を惜しまず、学びを主君に伝え励ますこと。(忠臣)
4.成功・失敗の原因を見抜き、危険を察知し行動を起こすことで失敗を未然に防ぐこと。(智臣)
5.倹約し精力的に働き、法律を遵守し、そこで得た成功は人に譲ること。(貞臣)
6.国が乱れたとき、へつらいやおそれなく君主の過失を諫めること(直臣)

を指します。

一方、「六邪」はそれを行うと、人から貶され、様々な角度から非難されるとあります。具体的には

1.勤めをせず、安住しながら周囲の情勢ばかり伺おうとすること。(具臣)
2.君主の言葉をすべてほめ、おべっかをするようなこと。「イエスマン」ともいう(諛臣)
3.陰険であり、人を選び、立派な人を退けようと悪巧みをすること(姦臣)
4.知恵を自分の詭弁のために使い、臣下、あるいは君主に諍いを起こさせること(讒臣)
5.権力を持ち、派閥をつくり、自分の思うままに君主の考えを変えさせる、もしくは君主をも自分の傀儡にさせること。(賊臣)
6.君主を欺き、不義に陥れ、それを仲間同志が連なり、悪事を暴き君主を排斥させること。「六邪」の中でも最悪の「邪」。(亡國之臣)

を指します。「六正」を極め、「六邪」を排除することを解いているのですが、自分が経営者の下で働く「臣下」であるとするならば、自分自身の行いがどれに当たるのかを見てみてはいかがでしょうか。

<封建第八>

国を統治することについて説いた章です。

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然則得失成敗,各有由焉。而著述之家,多守常轍,莫不情忘今古,理蔽澆淳,欲以百王之季,行三代之法,天下五服之内,盡封諸侯,王畿千裏之間,倶為采地。是則以結繩之化行虞、夏之朝,用象刑之典治劉、曹之末,紀綱弛紊,斷可知焉。楔船求劍,未見其可;膠柱成文,彌多所惑。徒知問鼎請隧,有懼霸王之師;白馬素車,無復藩維之援。不悟望夷之釁,未堪ゲイ(羽かんむりに三本あし)、サク(三ずいに足)之災;既罹高貴之殃,寧異申、繒之酷。此乃欽明昏亂,自革安危,固非守宰公侯,以成興廢。且數世之後,王室浸微,始自藩屏,化為仇敵。家殊俗,國異政,強陵弱,衆暴寡,疆場彼此,幹戈侵伐。狐駘之役,女子盡座;コウ(山へんに肴)陵之師,只輪不反。斯蓋略舉一隅,其餘不可勝數。
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「得ること」と「失うこと」
「成功すること」と「失敗すること」
それぞれには何らかの「原因」があります。

また、時代の変化も忘れてはなりません。変化と原因を知ることによって次の統治はどうあるべきかを示す必要があります。

とはいえ、時代の変化があったとしてもそこに「功徳」が無ければ君子としても国としても栄えることができないことを説いています。

「原因」と「変化」と「功徳」
「功徳」は最も重要なものですが、そこに原因と変化との兼ね合いを持つこともまた、君主としての手腕、そしてそれを諫める臣下としての手腕が試されているとも言えます。

(第四へ続く)

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<参考文献>

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<引用サイト(白文すべて)>

維基文庫、自由的圖書館より「貞観政要」