シリーズ「『貞観政要』を読む」~7.巻六<倹約><謙譲><仁惻><慎所好><慎言語><杜讒邪><悔過><奢縱><貪鄙>~

<論儉約第十八>

巻六の最初は倹約について議論を行ったところです。太宗の政治の特徴の一つとして、民のために、自ら「倹約(節制)」に徹したと言われています。

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古人雲:『不作無益害有益。』『不見可欲,使民心不亂。』固知見可欲,其心必亂矣。至如雕鏤器物,珠玉服玩,若恣其驕奢,則危亡之期可立待也。自王公以下,第宅、車服、婚嫁、喪葬,準品秩不合服用者,宜一切禁斷。」由是二十年間,風俗簡樸,衣無錦繍,財帛富饒,無饑寒之弊。
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「無益なことをなして、有益を損なうことがある。ほしがるものは示さなければ、民の心を乱れさせることはない」
という言葉があります。欲望の赴くままに示したら、民から頂いた資金(税金)を贅沢に使っては、民たちの反感を買い、滅亡の一途を辿るとあります。

上に立つ者は、下の模範になるよう、常に「清貧」であれ、ということを言っているのでしょう。

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魏征曰:「陛下本憐百姓,毎節己以順人。臣聞『以欲從人者昌,以人樂己者亡。』隋煬帝誌在無厭,惟好奢侈,所司毎有供奉營造,小不稱意,則有峻罰嚴刑。上之所好,下必有甚,競為無限,遂至滅亡。此非書籍所傳,亦陛下目所親見。為其無道,故天命陛下代之。陛下若以為足,今日不啻足矣;若以為不足,更萬倍過此,亦不足。」太宗曰:「公所奏對甚善。非公,朕安得聞此言。」
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こちらも最初に言ったことを臣下に主張しました。臣下の一人である魏徴がそれを誉め称えました。その逆の例として唐の一つ前の王朝である「隋」の滅亡の原因についてを取り上げました。その原因がひたすら贅沢を尽くし、役人も民も関係なく気に入らなければ厳しい刑罰を下すといったものでした。

<論謙讓第十九>

「謙譲(けんじょう)」について議論を行った所です。

謙譲とは、
「へりくだりゆずること。自分を低めることにより相手を高めること。また、控えめであるさま。謙遜(けんそん)。」「goo辞書」より)
とあります。

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貞觀二年,太宗謂侍臣曰:「人言作天子則得自尊崇,無所畏懼,朕則以為正合自守謙恭,常懷畏懼。昔舜誡禹曰:『汝惟不矜,天下莫與汝爭能;汝惟不伐,天下莫與汝爭功。』又《易》曰:『人道惡盈而好謙。』凡為天子,若惟自尊崇,不守謙恭者,在身償有不是之事,誰肯犯顏諫奏。
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君主は畏れ多いが、自ら慎み、かつ卑下しているのだが、それでも恐れられる存在であることを悩んでいる様子でした。上に立つものとしてのつきものの悩みであると言えます。

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夫帝王内蘊神明,外須玄默,使深不可知。故《易》稱『以蒙養正;以明夷荘衆』。若其位居尊極,炫耀聰明,以才陵人,飾非拒諫,則上下情隔,君臣道乖。自古滅亡,莫不由此也。」太宗曰:「《易》雲:『勞謙,君子有終,吉。』誠如卿言。」詔賜物二百段。
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主君と民とでは身分の差もあるのですが、奥ゆかしさなども差があまりにもひろく、民は主君の心の中を測ることができないと言われています。

そこからきわめて高い位にいながらも自らを謙遜し、上下の隔たりを少しでも近づけさせることが民が君主に対して支持を得るための心構えとしてあります。

<論仁惻第二十>

「仁惻(めぐみあわれむこと)」について論じた所です。

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貞觀初,太宗謂侍臣曰:「婦人幽閉深宮,情實可哀。隋氏末年,求采無已,至於離宮別館,非幸禦之所,多聚宮人。此皆竭人財力,朕所不取。且灑掃之余,更何所用。今將出之,任求伉儷,非獨以省費,兼以息人,亦各得遂其情性。」於是後宮及掖庭前後所出三千余人。
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太宗が君主に就いたとき、宮殿にいた官女約3000人を開放させました。この3000人は前の皇帝、というより前の王朝からの名残で贅沢を尽くすために女性を侍らせようとして捕らえられ、宮殿に連れていかれた女性たちです。

男女関係ないのですが、自分の贅沢のために束縛する事は自分自身として許されないこと、また費用の削減や適材適所の観点から解放をさせたのだそうです。

<論慎所好第二十一>

慎ましく生きること、活動することのあり方について論じたところです。

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貞觀二年,太宗謂侍臣曰:「古人雲『君猶器也,人猶水也,方圓在於器,不在於水。』故堯、舜率天下以仁,而人從之;桀、紂率天下以暴,而人從之。下之所行,皆從上之所好。
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「性悪説」で有名な荀子の言葉をもう一度引き合いに出している所です。(巻一参照

<論慎言語第二十二>

言葉の慎みについて論じたところです。

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貞觀二年,太宗謂侍臣曰:「朕毎日坐朝,欲出一言,即思此一言於百姓有利益否,所以不敢多言。」給事中兼知起居事杜正倫進曰:「君舉必書,言存左史。臣職當兼修起居註,不敢不盡愚直。陛下若一言乖於道理,則千載累於聖德,非止當今損於百姓,願陛下慎之。」太宗大悅,賜彩百段。
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太宗は毎朝臣下たちの政務を聞き、それをもとに一言出すことを習慣にしていましたが、その「一言」を言うことで民たちにどのような利益となるのか悩んだのだそうです。

主君は「公人のなかの公人」という立場であるため、いかに言葉には細心の注意を払っているかが窺えます。
それを考えると上に立つものほど、「公人」である人ほど見えるところもそうですが、見えない所でも「言葉」には細心の注意は払う必要があります。メディアによる「言葉狩り」は今も横行しているのですから。

<論杜讒邪第二十三>

讒言や邪なことを諫めることについて議論した所です。

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魏征曰:「《禮》雲:『戒慎乎其所不睹,恐懼乎其所不聞。』《詩》雲『愷悌君子,無信讒言。讒言罔極,交亂四國。』又孔子曰:『惡利口之覆邦家』,蓋為此也。臣嘗觀自古有國有家者,若曲受讒譖,妄害忠良,必宗廟丘墟,市朝霜露矣。願陛下深慎之。」
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讒言(ざんげん)は、
「事実を曲げたり、ありもしない事柄を作り上げたりして、その人のことを目上の人に悪く言うこと。」「goo辞書」より)
とあります。

それを気にしていては君主としての「功徳」を磨くどころか、よい政治さえおろそかになってしまいます。讒言の多くは「讒臣(巻三参照)」が発言するところにあります。
その言葉を鵜呑みにせず、自ら戒めて聞き分ける必要があります。

<論悔過第二十四>

学問をする事、そして読書をする事の大切さについて議論したところです。

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貞觀二年,太宗謂房玄齡曰:「為人大須學問。朕往為群兇未定,東西征討,躬親戎事,不暇讀書。比來四海安靜,身處殿堂,不能自執書卷,使人讀而聽之。君臣父子,政教之道,共在書内。古人雲:『不學,墻面,臨事惟煩。』不徒言也。卻思少小時行事,大覺非也。」
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学問をする事、そして読書をする事の大切さについて説いたところです。学問は政治判断をする際の本質を表しており、それを判断を行うための格好の材料となり、読書は自分自身の行いを見直すために大切な時であると言います。

著名な経営者の多くは読書家であり、このような古典を含めた学問・教養を身につけることに余念がありませんでした。

<論奢縱第二十五>

過去の歴史の認識について論じた所です。

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往者貞觀之初,率土霜儉,一匹絹才得粟一鬥,而天下帖然。百姓知陛下甚憂憐之,故人人自安,曾無謗読。自五六年來,頻歳豐稔,一匹絹得十余石粟,而百姓皆以陛下不憂憐之,鹹有怨言。又今所營為者,頗多不急之務故也。自古以來,國之興亡不由蓄積多少,惟在百姓苦樂。且以近事驗之,隋家貯洛口倉,而李密因之;東京積布帛,王世充據之;西京府庫亦為國家之用,至今未盡。向使洛口、東都無粟帛,即世充、李密未必能聚大。但貯積者固是國之常事,要當人有余力而後收之。若人勞而強斂之,竟以資寇,積之無益也。然儉以息人,貞觀之初,陛下已躬為之,故今行之不難也。為之一日,則天下知之,式歌且舞矣。若人既勞矣,而用之不息,尚中國被水旱之災,邊方有風塵之警,狂狡因之竊發,則有不可測之事,非徒聖躬肝食晏寢而已。若以陛下之聖明,誠欲勵精為政,不煩遠求上古之術,但及貞觀之初,則天下幸甚。太宗曰:「近令造小隨身器物,不意百姓遂有嗟怨,此則朕之過誤。」乃命停之。
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政治的な変乱により、倒れた王朝・帝政は少なくありません。それを自分事として自分自身の政治を戒めるのか、それとも他人事としてただ笑うだけにするのか、その違いにより、今後の政治、それどころか後世に対し、どのように語り継がれてゆくか変わります。

この貞観政要のメインとなる太宗は自ら戒め、諫言を受け入れ続け、安定した国に育てたことによってこのように1500年以上経った今でも語り継がれています。

<論貪鄙第二十六>

財産について論じた所です。

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古人雲:『賢者多財損其誌,愚者多財生其過。』此言可為深誡。若徇私貪濁,非止壞公法,損百姓,縱事未發聞,中心豈不常懼。恐懼既多,亦有因而致死。大丈夫豈得?貪財物,以害及身命,使子孫毎懷愧恥耶。卿等宜深思此言。」
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「賢者に財(産)が多くなれば、志を損ない、愚者に財が多ければ、過ちを生ずる」
という言葉です。

「財」というのは使いようにもよりますが、多く持とうとするほど心の中に「闇」を作ってしまいます。その要因は「欲望」というものであり、「欲望」のために人民を損ない、国を滅ぼすきっかけとなってしまいます。

(巻七へ続く)

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<参考文献>

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<引用サイト(白文すべて)>

維基文庫、自由的圖書館より「貞観政要」