大阪ミナミの子どもたち―歓楽街で暮らす親と子を支える夜間教室の日々

大坂には色々な歓楽街がある。中でも最も大きな歓楽街というと「ミナミ」と呼ばれる所がある。飲み屋も多いのだが、買い物スポットとしても有名である所である「教室」が存在している。その名も「Minamiこども教室」。そこでは様々な問題を抱える子どもが救いの手を受けると言う場所で、もちろん勉強も行われる。なぜこども教室が開かれたのか、そしてこども教室を通じて伝えたいこととはいったい何なのかを綴っているのが本書である。

第1章「Minamiこども教室の風景」
2013年9月にこども教室がスタートしたのだが、そのきっかけとなったのは2012年に起こった。2012年4月に大坂の小学校で、小学1年氏の児童が母親に殺されるという事件である。動機は子育てなどでノイローゼ状態となった母親が無理心中を図ろうとして殺したというもの。その母子は海外から渡ってきており、言葉も不自由だったことからプレッシャーが重くのしかかり、犯行に及んだという。
著者はその事件に衝撃を受け、第2・第3の事件が起こりうると考え、教室をつくるきっかけになった。この教室では勉強はもちろんのこと、実習などもあり、様々な境遇にて育った子どもたちが言語・文化・価値観を超えての関わり合いをしている。

第2章「立ち止まらずに」
子どもによっては厳しい生活や境遇を過ごすことが往々にしてある。その中である子どもは意欲的に生徒会役員の立候補を行い、演説を行うというエピソードを取り上げている。どのような状況にあっても「立ち止まらずに」、自分の信念を貫きつつ、ムリせずひたむきに生きる姿がここにあった。

第3章「カレルの祈り」
フィリピン出身のある母子を取り上げているが、その境遇は自分の想像を遥かに超えていた。生活の困窮はもちろんのこと、ある事件に巻き込まれ、離ればなれになってしまうというものだが、親子の大切さ、公的支援をどのように充実させたら良いか、考えさせられる。

第4章「子どもたちに支えられて」
第3章と同じようにある事件から離ればなれになってしまった母子を取り上げている。その母この子どもは教室内ではムードメーカーだったのだが、母子の日常になってくると、そのムードメーカーの姿は鳴りをひそめた。さらにその事件がきっかけで母子が長い長い別れになった。

第5章「島之内の子どもたちの食を支えて」
こども教室は勉強だけでなく、「子ども食堂」と呼ばれる食を支える場がある。それは大坂の島之内にある。そこではこども教室と同じく、境遇の異なる子どもたち同士が補い合うといった姿があった。

第6章「再出発のために」
こども教室では保護を行うといった役割だけでなく、親子たちの再出発を助けるという役割も担っている。困窮の状況から脱出するため、日本で生きていくためにどうしたら良いかを支えながら見出している。

第7章「彷徨う母子」
親からのSOSはメールやSNS、さらには電話からもあるという。本章ではDVのSOSが突然やってきて、それが解消されるまでの過程を取り上げている。その中で暴力を振るう夫から辛くも逃れながらも、これからどうしたら良いのか彷徨う姿があり、なおかつ子どもの将来のためにどうしたら良いのか、悩み続ける姿もあった。

第8章「外国人・民族的マイノリティの子どもの教育と人権―教訓のために、少し前の状況を振り返って」
多国籍化は大阪に限った話ではなく、日本どこでも起こっていることである。その起こっている中で、どのような「支え」が必要か、そしてマイノリティのある教育をどう持つべきか、そのことについての考えを示している。

外国人労働者など外国人が稼ぐ、あるいは生活をするために日本にやってくる方々も多くなってきている。特に多言語化していく中で教育や生活などありとあらゆる環境はどうしたら良いか、国・地域単位でも行っているかもしれないが、まだまだ後れを取っていることは否めない。本書はそういった境遇の方々を支え、再出発をしていくためのモデルケースとして存在している。