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2021年5月

危機対応と出口への模索―イングランド銀行の戦略―

経済は日々刻々と変化をしている。その変化は許容できるものなら良いのだが、格差を広げる、あるいは実感なき景気を生み出すなど、好まざる変化を起こすようなことがある。 その経済はコントロールできない所もあるのだが、ある種コントロールを行っている所もある。それが中央銀行の存在である。日本では日本銀行が挙げられるのだが、経済的な役割を果たしているかは論者によっては首をかしげていることだろう。 さて本書はイギ […]

#スマホの奴隷をやめたくて

本書はスマホの奴隷になってから解放されるまでを描いたエッセイである。もっともスマホは当初1996年にノキアによって「電話機能付きPDA端末」として発売されたのが始まりとされていたが、2007年に初代iPhoneが発売された時から始まったのが一般的に通っている。 それから瞬く間に広がりを見せ、今となっては「携帯電話=スマホ」が一般の図式としてある。 しかしながらこの図式が弊害を持ってしまっている。特 […]

幻の「カフェー」時代 夜の京都のモダニズム

私自身はよくカフェへ行く。勉強をすることが中心なのだが、世間話が聞こえる喧噪の中だと集中できる性質であるため、図書館で勉強するよりも捗ってしまう。もっとも高校の時からずっとそのような時分であったため、むやみに変えることは出来ない。もっとも一時期は仕事でも使ったことがある。 しかし本書は「カフェ」ではなく「カフェー」である。 カフェーは元々今ある「カフェ」と同じくコーヒーなどを出して歓談するようにな […]

2100年の世界地図 アフラシアの時代

2100年となるともしも私が生きていれば115歳となる。生きているかもしれないのだが、ほぼ確実に生きてはいないだろう。そう考えると本書の示す世界を見ることはないのだから。 それはさておき、本書はシステムを駆使して、人口分布をはじめ、様々な角度でシミュレーションを行い、約80年後にあたる2100年はどのような世界に変わっていくのか、そのことについて取り上げている。 第一部「二一〇〇年の世界地図」 2 […]

なぜ、親は「正しさ」を押しつけてしまうのか?

私は子育てを行ったことがないため、あまり難しさはわからない。そのため本書は子育ての中での苦悩を取り上げているが、もしも自分が結婚して子どもができたときの教科書の一つとして見ておきたい。 本書はどのような一冊かというと、子育てに限らず、人と接する際に、自分自身が「正しい」と思ったことを相手に「良かれ」と押し付けてしまうようなことがあるか、そしてそれを押し付けてしまったことによって親子の関係が分断して […]

商店街のジャンクション

よく着ぐるみで踊ったり、アピールしたりするようなものを見かける。本来であれば「中身はない」と言うことが失礼に当たらないのだが、ある映画ではキャラクターの着ぐるみに中身がバレたり、テレビ局のマスコットの着ぐるみは、中身だけでなく、外見までボコボコにされたりといったのもあった。 それはさておき、本書は犬の着ぐるみの存在と、それにまつわる3人の男女の日常を描いている。男女3人とも着ぐるみを着るのだが、い […]

タバコ吸ってもいいですか ― 喫煙規制と自由の相剋

私自身は成人になってから一切タバコを吸ったことがないのだが、タバコを吸うことについては嫌悪感を覚えておらず、「個人の勝手」だと思っている。しかし中にはタバコそのものを嫌悪する嫌煙家もおり、その嫌煙の度合いによってはある種「ヒステリック」になっているような気がしてならない。 ではタバコを吸うことは健康を害することは科学的にも立証しているのだが、そもそも「嗜好品」であることは忘れてはならない。また「吸 […]

僕の母がルーズソックスを

本書のタイトルだけを見ると「キツい」や「ムリすんな」を連想してしまう。もちろんそれが似合う年齢であればそうは言わないのだが。 本書は主人公の母親が本当に「17歳」(後に「おいおい」という声優ではない)になった所から始まる。別の物語では大の大人が子どもになってしまったという話があるのだが、本書は母親がギャルになってしまったという奇想天外な物語である。 しかしそのギャルになった母親に困惑した息子が、母 […]

発酵野郎!―世界一のビールを野生酵母でつくる

本書のタイトルを中身を見ずにふと見ると、どうしても発酵学者で有名な小泉武夫氏を連想してしまう。小泉氏は酒や納豆をはじめ、発酵食品を数多く取り上げた発酵学者であり、まさにリアル発酵野郎と言える人物だからである。 しかし本書はクラフトビールの話である。日本には地域ならではのクラフトビールが存在するのだが、本書はそれとは異なり、酵母をこよなく愛し、クラフトビールの世界を切り拓いた人物の歩みを示している。 […]

自分というジレンマ―批判・反抗・反問する私たちの射影

哲学というと、自分そのものの「アイデンティティ」とは何かについて問われることが数多くある。そのアイデンティティは時として「ジレンマ」として出てきて、さらなる疑問が生じてしまう。本書はそのジレンマとは何かについて「主体性」「一貫性」「仲間感」といった3つの要素にフォーカスを当てて取り上げている。 1章「主体性のジレンマ なぜ反抗するとスカッとするのか」 主体性は簡単に言うと、自らの意志で考え、行動す […]