アジアの試練チベット解放は成るか

最近ではオリンピックの陰に隠れているが今でもチベット問題が泥沼化していることには変わりはない。昨日にはダライ・ラマ14世猊下の中国に対する非難が記憶に新しい。北京オリンピックは間もなく終わりを迎えるがそれと同時に、この問題について中国に対し黄善な態度を日本政府は取らなくてはならない。

第1章では北京オリンピックについてスポーツジャーナリストの二宮清純氏、アルピニストの野口健氏、ジャーナリストの山際澄夫氏、そして編者であるジャーナリストの櫻井よしこ氏が語っている。北京オリンピックについては石原慎太郎東京都知事が「北京オリンピックはナチスの五輪(1936年ベルリン五輪のこと)のようである」という。これについては二宮氏が前述のことについて触れられている。

二宮氏は上記以外にも五輪の政治利用について言及しているが、二宮氏が主張しているように政治関係なしに五輪が行われたほうが珍しい。それについては本書のほうがより詳しく、かつ分かりやすく書かれている。野口氏はチベット問題について最も近い場所から見ていたためか生々しい話が多かった。山際氏は問題となった聖火リレーについて言及している。これと同時に「わしズム」の8月30日号にある小林よしのり氏のダライ・ラマ14世猊下への抗議文も同時に読むといいだろう。

第2章ではチベット大虐殺に関して元東大教授の酒井信彦氏、評論家の三浦小太郎氏、そしてチベット人への洗脳教育を受けたことのある医師の西蔵ツワン氏がこの問題について論じている。特に印象的だったのは西蔵氏が受けた中国共産党による洗脳教育である。「ダライ・ラマ法王一派は、国家分裂主義者で反逆者」などダライ・ラマ14世猊下への根拠なき罵倒を共産党はそれを強くたたきこませているというとゾッとする。

洗脳教育だけでなく公開処刑についても生々しく書かれていた。中国には「政治は銃口から生まれる」が如く、虐殺や日本人からはとても想像できないような虐殺まで行われている。チベットでも例外なく行われているが、とりわけ「電気棒」が有名であろう。

第3章はそうしたことを無視したマスコミや言論人たちを糾弾している。ここでは例のごとく朝日新聞に加え、「チベット日記(岩波新書)」A.L.ストロングと「チベット〈上・下〉(岩波新書)」アラン・ウイニントンについても批判している。ちなみに両書は60年代に出されたものであるので、チベットに関しての文献がすくなったことが要因ではなかろうか。今ではチベットに関しての文献は非常に多いので上の2冊はそれほどよい文献ではないということが簡単に読み解ける。

しかし安保闘争に上記のような本が出たのかというのも突き詰めていただきたかった。次は人権についてである。これはまず8年前の12月8〜12日に行われた「女性国際戦犯法廷(正式には「日本軍政奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」)」のことを批判的に取り上げられている。この法廷は法廷としての定義を大きくかい離しているのは法を勉強していればだれでもわかることである。まずこの戦犯は天皇とA級戦犯として起訴された25人である。

さらに東京裁判と違って弁護人がつかず検察と判事の一方的な裁判となっている。さらにはこの裁いた法は「事後法」であり、戦犯全員故人であるとんでもない法廷である。死者(半数は英霊)への冒涜になっているというまさに中国にも似たような法廷が行ったという。しかも朝日新聞などは連日報道され、さらにNHKはドキュメントまでつくったほどである。これほど日本に対して反日的になりながらも、チベットの虐殺に関して一切報じていなかった。

むしろダライ・ラマ14世猊下がノーベル平和賞を受賞した時も朝日はノーベル賞を政治利用しているとお門違いの批判をしていた。メディアの在り方についてはほかでも述べているが、だからでこそ新聞というのが信用できない一因になってしまうことは言うまでもない。

最後は国際政治に翻弄されるチベットの悲劇を描いている。ここではEUの立場からそして中国共産党の野望、ダライ・ラマ14世猊下の祈りについてである。本書の最後にはブックガイドがあるのでチベット問題について調べたい人への気遣いが素晴らしい。1冊から枝葉のように関連本を読めばなにも苦になることなく理解できるだろう。

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