指揮官の決断―満州とアッツの将軍 樋口季一郎

戦前、ユダヤ人はナチスの迫害や虐殺に遭ったのは有名な話であるが、そのユダヤ人を救った日本人は2人いる。一人は元在カウナス日本領事館領事代理で「命のビザ」を約6000人支給した杉原千畝、そしてもう一人は本書で紹介する樋口季一郎である。

樋口季一郎の生涯はユダヤ人とアッツ島、占守島(しゅむしゅとう)が大きく関わる。今まで彼の足跡について、事細かに検証を行った本は存在しないので、画期的な一冊と言える。

第一章「オトポール事件の発生」
最初はユダヤ人を救った話であるが、1938年、ちょうど第二次世界大戦が始まった頃、ソ連と満州の国境沿いにあるシベリア鉄道の駅である「オトポール駅」にて何千人ものユダヤ人をオトポールから満州国への入国を斡旋したという事件である。元々樋口はナチスの反ユダヤ政策には反対の立場であり、極東ユダヤ集会にて「ユダヤ人追放の前に、彼らに土地を与えよ」と発言し、騒動となった経緯がある。
このことが大きく功績としてたたえられたにもかかわらず、杉原千畝と違って表立つことがなかった。その理由として樋口の上官に東条英機がおり、さらに満州へつながる鉄道として「南満州鉄道」があるが、その総裁が松岡洋右であったことが起因している。

第二章「出生〜インテリジェンスの世界へ」
樋口は1888年に兵庫県の淡路島で生まれている。高等小学校を卒業した後、陸軍地方幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学校を経て、陸軍軍人となった。軍人になってからは東条英機の下にいながら、石原完爾と友人関係にあり、さらに橋本欣五郎とともに桜会も結成した。簡単に言うと「二・二六事件」の「統制派」「皇道派」「中間派」の3つすべてに関わっていることがわかる。

第三章「ポーランド駐在〜相沢事件」
ポーランド駐在武官に就任したのは1925年、ちょうど日本では軍需景気により経済的に潤っていた時代である。その時に受けた人種差別が後に第一章と第四章に書かれる「オトポール事件」の背景にもなった。
その後帰国した後、前述にある「桜会」を結成することになる。その後1935年に「相沢事件」が起る。桜会結成後「三月事件」や「十月事件」など皇道派と統制派の対立は日に日に増していった。その沸点と言えるのが「二・二六事件」であるが、その前に統制派の重鎮である永田鉄山が殺害された事件が前述の「相沢事件」である。樋口が桜会に属していたことはすでに書いてあったのだが、事件の中心であった相沢三郎は、樋口の直属の部下だったことから、関連生が強い。

第四章「オトポール事件とその後」
第一章で「オトポール事件」を紹介したのだが、本章ではそのことについて本格的に検証を行っている。
なぜかというと、オトポール事件により上海疎開を斡旋した人数が数千人単位、所によると二万人前後になるという。つまり確実な数は明らかにされておらず、限られた史料をもとにして計算しなければならないほどであった。

第五章「アッツ島玉砕」
オトポール事件のあと、参謀本部に戻るため帰国をすると、1942年には北部軍司令官として札幌に赴任した。そこから北海道との関わりが強くなる。
まず樋口の指揮した戦いの一つである「アッツ島玉砕」について述べる。
「アッツ島」はアメリカ・アラスカ州にある小さな島であり、アメリカの中でも最西部の島である。なぜ「アッツ島」の戦いが起ったのか、それは大東亜戦争において、食糧などの物資がアッツ島、及びキスカ島を経由して送られてくる。アメリカ軍はそのライフラインを断つために玉砕する必要があった。しかも日本軍は快進撃を続ける中、両島に守備隊を十分に送ることができないという弱点があった。
アッツ島の戦いは1943年5月に開戦したが、日本の兵力不足、アメリカの勢いもあり、17日で玉砕された。日本軍は最終的に2650人投入されたが、生存したのはわずか28人だった。

第六章「占守島の戦い」
最後の章で取り上げるのは「占守島」であるが、北方領土より北に位置し、北方領土を含む「千島列島」の中で最北端に位置する島である。
この占守島で戦いが起ったのが1945年8月18日であった。4日前にポツダム宣言の受諾を決定し、15日正午に玉音放送があったにも関わらず、である。相手はソ連軍で、8月8日に「日ソ中立宣言」を一方的に破棄し、日本に対し宣戦布告を通告した。ポツダム宣言を受諾しても戦いはやめず、章題の「占守島で戦い」、さらには択捉島、国後島、色丹島と占領し続けた。さらに武装解除した日本軍をシベリアに連行し、強制労働させたことも有名である。(「シベリア抑留」という)

ユダヤ人を救った文官が杉浦千畝であるならば、軍将は樋口季一郎といえる。しかし第一章で書いたように、彼はあまり認知されなかった。本書は樋口季一郎のことを知るだけではなく、ユダヤ人を救った側面、そして北方領土・千島列島を知る上で重要な一冊と言える。