<論行幸第三十六>
貞観政要最後となる巻十の最初は「行幸」について議論をしたところから始まります。
「行幸(ぎょうこう)」とは、
「君主が宮殿の外に行くこと。その行く先に幸福が生まれることを表す」(「貞観政要 下 新釈漢文大系 (96)」p.752より一部改変)
と言います。
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貞觀初,太宗謂侍臣曰:「隋煬帝廣造宮室,以肆行幸。自西京至東都,離宮別館,相望道次,乃至並州、琢郡,無不悉然。馳道皆廣數百歩,種樹以飾其傍。人力不堪,相聚為賊。逮至末年,尺土一人,非復己有。以此觀之,廣宮室,好行幸,竟有何益。此皆朕耳所聞,目所見,深以自誡。故不敢輕用人力,惟令百姓安靜,不有怨叛而已。」
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太宗は「行幸」は好まなかったのだそうです。それに対比する存在として「隋」王朝の皇帝の一人を取り上げております。
その皇帝は国中の至る所で別邸を造り、それを造る際、多くの民を使ったのだと言います。
ひたすら行幸を楽しむだけで、民の安寧をおろそかにしたことにより、盗賊(義賊?)が盗みを働き、そのことにより国の財産が失われ、別邸がなくなり続け、やがて国が滅びるという流れになります。
そのため、我欲のために行幸せず、民のために慎ましく「功徳」を育て続けることが大切であると言えます。
<論畋獵第三十七>
「畋獵(でんれん)」は簡単に言うと「狩猟」のことを言います。太宗はかつて狩猟を好んでいたのですが、その狩猟について臣下と議論をしたところです。
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秘書監虞世南以太宗頗好畋獵,上疏諫曰:「臣聞秋セン(けものへんに爾)冬狩,蓋惟恒典;射隼從禽,備乎前誥。伏惟陛下因聽覽之余辰,順天道以殺伐,將欲摧班碎掌,親禦皮軒,窮猛獸之窟穴,盡逸材於林藪。夷兇剪暴,以衛黎元,收革擢羽,用充軍器,舉旗效獲,式遵前古。
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最初にも書いたとおり、太宗は狩りを好んでいましたが、それについて臣下が諫めたところです。
「諫めた」というと、狩りを止めるべき、というイメージをもってしまいますが、そうではなく、春夏秋冬それぞれの狩りがあり、民を襲う猛獣をしとめることによって、民を守り、自然の原理にかなっている、というものです。
狩りをするには別に悪いことではありませんが「乱獲」という言葉があるように自然の原理に反するような狩りをせず、自然と共生することによって、自然にも、国にも、民にも良い効果をもたらす、商売用語の「三方よし」といえるものにできます。
<論慎終第四十>
「第三十八」と「第三十九」は今度取り上げることとします。
最後の「第四十」である、「総まとめ」と言えるようなところを取り上げます。
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貞觀九年,太宗謂公卿曰:「朕端拱無為,四夷鹹服,豈朕一人之所致,實徳諸公之力耳。當思善始令終,永固鴻業,子子孫孫,遞相輔翼。使豐功厚利施於來葉,令數百年後讀我國史,鴻勛茂業粲然可觀,豈惟稱隆周、炎漢及建武、永平故事而已哉。
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国を平和に保つことができるのは、決して君主だけの力では到底できません。
優秀な臣下を持つことによって、その力が束になって、かなえることができます。
企業にしても、国にしても同じことが言えます。社長や首相、といったトップだけががんばったとしても、今の世の中にすることはできません。
一人一人の力は弱いけれど、その力が国や企業のための力が積み重なることによって成長をすることができ、守成もできるようになります。
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貞觀十三年,魏征恐太宗不能克終儉約,近歳頗好奢縱,上疏諫曰:臣觀自古帝王受圖定鼎,皆欲傳之萬代,貽厥孫謀。故其垂拱巖廊,布政天下。其語道也,必先淳樸而抑浮華;其論人也,必貴忠良而鄙邪佞;言制度也,則絶奢靡而崇儉約;談物産也,則重谷帛而賤珍奇。然受命之初,皆遵之以成治;稍安之後,多反之而敗俗
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倹約をしたり、功徳を積み重ね続けられた太宗ですが、時が経つにつれ、そのことへの努力も薄れていくこともあります。
太宗もまたその一人でした。あるとき倹約を全うすることができず、贅沢への欲がでてき始めたこともあります。しかし臣下の一人であり、もっとも諫言を行った魏徴はそれを許さず、諫めました。どう諫めたのかが上記に記載しておりますが、一言で言えば「初心、忘れるべからず」ということを指しております。
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昔子貢問理人於孔子,孔子曰:「懍乎,若朽索之馭六馬。」子貢曰:「何其畏哉。」子曰:「不以道導之,則吾仇也,若何其無畏。」故《書》曰:「民惟邦本,本固邦寧。」為人上者,奈何不敬。陛下貞觀之始,視人如傷,恤其勤勞,愛民猶子,毎存簡約,無所營為。頃年以來,意在奢縱,忽忘卑儉,輕用人力,乃雲:「百姓無事則驕逸,勞役則易使。」自古以來,未有由百姓逸樂而致傾敗者也,何有逆畏其驕逸而故欲勞役者哉。恐非興邦之至言,豈安人之長算。此其漸不克終二也。
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「民は国の根本」であるように、「社員は企業の根本」と言えます。
そしてその上に立つものは、下にいる人を見て、かわいがり、自らも倹約し、律することによって、下にいる民もまた同じようになります。
そう、「子は親の背中を見て育つ」という言葉があるように、自ら倹約し、質素な生活を保ち、それでいて功徳を積み重ね続けることによって民はその君主を模範とし、それが国としての根本になり、安定した国や世の中とすることができます。
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孔子曰:「君使臣以禮,臣事君以忠。」然則君之待臣,義不可薄。陛下初踐大位,敬以接下,君恩下流,臣情上達,鹹思竭力,心無所隱。頃年以來,多所忽略。或外官充使,奏事入朝,思睹闕庭,將陳所見,欲言則顏色不接,欲請又恩禮不加,間因所短,詰其細過,雖有聰辯之略,莫能申其忠款。而望上下同心,君臣交泰,不亦難乎。此其漸不克終八也。
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論語には、
「君主が臣下を使うには礼をまもり、臣下が君主に使えるには、真心をもって仕える」
という言葉があります。
その言葉を引き合いに出し、君主が臣下に対する態度が最近おろそかになっていることを魏徴は太宗に指摘しました。
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貞觀十六年,太宗問魏征曰:「觀近古帝王有傳位十代者,有一代兩代者,亦有身得身失者。朕所以常懷憂懼,或恐撫養生民不得其所,或恐心生驕逸,喜怒過度。然不自知,卿可為朕言之,當以為楷則。」征對曰:「嗜欲喜怒之情,賢愚皆同。賢者能節之,不使過度,愚者縱之,多至失所。陛下聖德玄遠,居安思危,伏願陛下常能自制,以保克終之美,則萬代永徳。」
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人間には喜怒哀楽の感情があります。もっと言うと長所もあれば短所もあります。さらに動物本来ある「本能」や「欲望」もあります。
それを押さえるのが人間しかない「理性」です。
その理性をもって感情や欲望を「調節」することによって、「人」としての功徳をなすことができます。
それを君主が行うとそれが国となり、安寧の国にする事ができる、という考えです。
しかしその「感情」や「欲望」は気まぐれであり、時として「調節」が難しくなるときもあります。その「難しさ」が守成の難しさと直結するわけです。
「創業は易くして、守成は難し」
そのことをこの「貞観政要」の語る根本の一つとして最後に取り上げたのかもしれません。
諫言を受け入れ、守成の難しさを知り、それを続けることー
今日求められているリーダー像がこの「貞観政要」に詰まっていると言っても過言ではありません。
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<おわりに>
私が初めて「貞観政要」という本を知ったのは2009年、評論家の渡辺昇一氏と今は亡き谷沢永一の対談本である「上に立つ者の心得―『貞観政要』に学ぶ」でした。
当時の私は中国大陸の古典といえば「四書五経」をはじめとしたものしか知らず、むしろ「漢文」ということは高校の国語の時間しか触れることがありませんでした。
その「上に立つ者の心得―『貞観政要』に学ぶ」の本でまず、「貞観政要」のことを知り、それが帝王学であることを知った私は、以下の本も買いました。
「貞観政要」そのものを解説した一冊ですが、貞観政要を専門的に解説した本は本書が最新でした。
(「最新」とは言っても1996年に出版されたものですが)
自分自身この「貞観政要」を知り、それを読み、リーダー論として読書会で取り上げたことがありました。
書評を続けていく傍ら、この「貞観政要」を忘れてしまいがちになってしまいましたが、もう一度「貞観政要」の魅力を知り、伝えようと思い、このシリーズを立てようと考えました。
今までの書評とは違い、「解題」や「解説」に近いような形で紹介し、かつより親しみやすく「です・ます」調で書いてもみました。
このシリーズを作り上げるのは今までの書評やシリーズの中で一番難しいものがありました。
新しいスタイルもそうですが、それ以上に「貞観政要」の中身を精読し、それをどのように親しみやすく書くかに四苦八苦の連続でした。
11日連続して取り上げることも始めからできるかどうかわかりませんでした。1ヶ月以上かかるとも思っていました。
でも、このように続けられたのには一種の達成感がありますし、それでいてまだまだ伝えたいことがある、という今後の課題もできました。
もしかしたらブログとは違うところで、この「貞観政要」をもう一度取り上げてみようと思います。
最後になりますが、1日以上閲覧してくださったみなさま、つたない解説でしたが、閲覧いただきまことにありがとうございました。
今後もおもしろい本、シリーズをどんどん取り上げていく所存ですので、ご贔屓のほどよろしくお願いいたします。
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<参考文献>
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