主人公はいない―文学って何だろう

書評を常日頃から行っている私自身にとって小説などの文学作品は苦手である。というのは背景描写からどのようにして読者に伝えていけば良いのかわからないのと、決まった読み方がないこと、さらには叙情的な表現が多く、どこをピックアップしたら良いのかわからないところにある。

その文学作品をどのようにして読むのか、どのようにして役立て、楽しむのか、本書は文学研究、及び文学ゼミを行っている立場から文学の良さを提示している。

第1章「文学って役に立つの?」
「ふーん、夏目漱石を勉強して、卒業論文を書いて、社会に出て何か役に立つの?」(p.8より)
これは著者のゼミの学生が就職活動の面接の中で、実際に面接官から言われた質問である。文学を研究したり、小説が好きだったりする人に取って侮辱以外何物でも無いような質問であるが、そもそも文学に慣れ親しんでいない人がよくする質問なのかもしれない。しかし文学作品でも楽しむだけでは無く、プレゼンテーションなどで使う「ストーリーを学ぶ」、「キレイな日本語を学ぶ」「行間を読む」「想像力を広げる」といった読解力、論理力、想像力など仕事においてあらゆる力を手に入れる事ができる。ちなみに著者の模範解答もあるのだが、ほぼ同じような回答になっている。

第2章「決まった読み方なんてない」
小説には決まった読み方があるのではないか、と思っている人が多い。自分自身もどのように読んでいけば良いのかわからない事さえある。小説には配役があり、主人公がいて、主人公の視点でストーリーを読み解いていくのかと思いきや、著者のゼミでは決まった主人公を儲けていない、むしろ儲けることそのものを禁止している。
それはなぜかというと、物語の「視点」が登場人物分存在しており、読み方がある。読み方によっては「悪書」でも「良書」に転化できる。

第3章「文学の正体を探る」
「文学」を調べてみると。

1.学問。学芸。詩文に関する学術。
2.言語によって人間の外界および 内界を表現する芸術作品。
  詩歌・小説・物語・戯曲・評論・随筆などから成る。文芸。
3.律令制で、親王家に官給された家庭教師。
4.江戸時代、諸藩の儒官の称。「広辞苑 第六版」より)

とある。ちなみに本章では「現代国語辞典」を引用している。
ただ、「文学」は辞書の2.で書いたように「小説」や「戯曲」など多岐にわたるのだが、芸術作品としての「文学」を取り上げているようにも見える。そこで著者は「医療」「法律」「数学」といった所にも「文学」は存在するという。例えば小説で言うと「医療現場」や「法律事務所・裁判所」「研究所・学校」をテーマにした物になると「医療」「法律」「数学」と関連づけることができる。また、「文学」における人物や感覚について夏目漱石の「文学論」をもとに分析を

第4章「作者の仕掛けるワナ」
小説には作者独特のレトリックがちりばめられている。そのレトリックの中には読者を騙すような「ワナ」も仕掛けられている。
本章では「仕掛け」にまつわる事例として、「崖の上のポニョ」や「古事記」「創世記(旧約聖書第一巻)」を取り上げている。ここで言う「仕掛け」は小説やアニメなどの作品の中に登場人物や作品名などに秘められている「モチーフ」を表している。「ポニョ」で言うと、ワーグナーの歌劇「ニーベルンゲンの指輪」、夏目漱石の「門」「それから」などを元にしている。

第5章「カメラはどこに、いくつあるのか」
「カメラ」はあくまで隠喩としての表現である。それは「カメラ」は対象のヒト・モノ(風景も含む)にスポットを当てて撮ることが不可欠である。その「対象のヒト・モノ」は「視点」となり、物語をつくる。その「視点」は、第2章で述べたように登場人物の数だけある。
視点は「カメラ」であり、いくつあるのか、と言うと登場人物の数だけ存在する。
本章はそのことを夏目漱石の作品を取り上げながら説明している。

第6章「それ以上でもなく、それ以下でもなく」
色々な所で「それ以上もなければ、それ以下もありません」という話をよく聞く。簡単に言えば「それだけしかありません」と言っているようなものである。本章では「それだけしかない」ことについて夏目漱石作品の中から「恋」や「夫婦」「女性」についてピックアップしながら語っている。
読書は、本にある文字をなぞるように読むだけではない。

本にある文字から浮かび上がる背景や視点を、自分の想像(妄想)と重ね合わせながら遊ぶこともまた「読書」であり、
本にある文字から作者が思っていることをイメージしながら進めていくことも「読書」であり、
本にある文字を批評しながら進めることもまた「読書」である。
読書には読み手の数だけパターンがあり、それを一元化することは不可能である。小説を見る視点もまた然りである。読み方が皆違う事こそ、読書の楽しみであり、私事ではあるが書評家としての愉しみでもある。

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