はい。赤ちゃん相談室、田尻です。

世界に目を向けたら18~19世紀の時に「赤ちゃんポスト」になるようなものができていた。しかし日本ではそういった風潮がなく、2006年に熊本市の慈恵病院にてつくられた「こうのとりのゆりかご」が日本で初めての「赤ちゃんポスト」であった。様々な面で賛否両論があり、一時期ワイドショーで独占したほどであったのだが、今となってはあまり話題とならない。ほとぼりが冷めたからでこそ、本書の話に移る。そもそもなぜ「こうのとりのゆりかご」ができたのか、そしてつくられて12年の月日が流れた中であった課題と対策はどのようなものか、特に前者を取り上げている。

第一章「家族がいることのよろこび」
子どもにとって家族がいることが当たり前のようにあると考えられるが、子どもによっては家族がいない、もっと言うと「無戸籍」と呼ばれ、戸籍上にて孤独なものとなっている子どももいる。かつては「産めよ育てよ」お時代であり、そのことにより人口が増えていったこともあるのだが、世帯数が増えた一方で、共働きが増えていった。
また育児にしても児童養護施設があるのだが、その施設の経験から海外にある「赤ちゃんポスト」の構想がつくられていった。

第二章「「こうのとりのゆりかご」の誕生」
その構想の中核となったのが「ベビークラッペ」と呼ばれるドイツの赤ちゃんポストであった。それをもとに熊本市の慈恵病院にて「こうのとりのゆりかご」ができた。そのでき他前後からメディアにて度々取り上げられ、論争にまで発展していった。

第三章「「こうのとりのゆりかご」の仕組み」
運用を始めて12年の月日が流れたのだが、運用開始から数年で年平均10件、最も多い都市で2008年の25件であった。基本的にはドイツの「ベビークラッペ」に近づくような運用にして行こうと考えていたのだが、日本ならではの環境が起因してか、なかなかうまく行かない内情を記している。

第四章「「SOS電話」が受け止める」
「こうのとりのゆりかご」では赤ちゃんを預けるだけでなく、妊娠や出産に関連したなかで限りなくデリケートな内情をもった相談が多いとある。もっともその相談内容を見てみると現代社会にある負の側面が見え隠れする。

第五章「すべての子どもたちに幸福を」
「こうのとりのゆりかご」をつくったにしても「SOS電話」にしても、目的自体は本章のタイトルの一言に尽きるのかも知れない。子どもを守るための「憲章」はあるのだが、具体的な行動がどうなのかという疑念を著者が持っていた。それを「こうのとりのゆりかご」というような形にして表すことを著者は考えている。

第六章「「命のバトン」をつなぐ」
著者自体「こうのとりのゆりかご」を元にした講演を度々行っているのだが、その講演多くは「命のバトン」として生まれる、もしくは亡くなる生命に対して残されたわたしたちはどうあるべきか、を取り上げている。その講演の中でおもったこと、そして語られていることの一部を綴っている。

「こうのとりのゆりかご」がつくられて12年。その12年の中で当然ながら社会情勢は変わってきているのだが、その変わってきている中で生まれてくる子どもたちの命が尊いことは変わりない。尊い命をどのようにして守っていくべきか、その一つの手段として「こうのとりのゆりかご」がある。その重要性について考えさせられる一冊であった。

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