明治日本の産業革命遺産 ラストサムライの挑戦! 技術立国ニッポンはここから始まった

株式会社オトバンク 上田様より献本御礼。
幕末にペリーが浦賀沖に来航したことにより、長らく鎖国状態であった日本が開国し、近代化への道を進むこととなった。西欧の技術を取り入れながら、日本独自の技術を築き、技術立国として成長することができた。その進化に貢献した人物、本書では映画になぞらえて「ラストサムライ」と呼ばれた。その人物たちと技術革新の歴史を追っている。

第一章「“西郷どん”や“五代様”を育てた薩摩藩・島津斉彬の挑戦――ピンチをチャンスに変えたリーダー――」
現在放送されている大河ドラマ「西郷どん」の地元である薩摩藩(現在の鹿児島県)では島津斉彬という藩主がいた。西郷隆盛を育てた人物であり、薩摩藩の富国強兵を行い、さらには、近代化の足がかりとした人物としてあげられ、産業革命のきっかけ作りを作った。

第二章「志士の息吹を今に伝える長州・萩――吉田松陰から伊藤博文へ――」
幕末で最も有名な人物として「吉田松陰」がいる。松蔭は倒幕に向けて動いた人物として有名であるのだが、それ以上に「松下村塾」を設立し高杉晋作や伊藤博文、山縣有朋などの人物を育て、幕末~明治に賭けての改革の中核となった人物となっていった。

第三章「実は近代化のトップランナーだった佐賀――「地方創生」の先駆け――」
外国の玄関口であった長崎、その隣に佐賀がある。その佐賀は長崎とは別に独自の色を引き出し、地方としての独自の成長を遂げることができ他。現在で言う所の「地方創生」と呼ばれていることばがその走りとなった。

第四章「知られざる“近代化の父”・江川英龍――改革に命を捧げた伊豆の代官――」
世界遺産となったものの一つに「韮山反射炉」がある。それを作った人物として江川英龍がいる。江川は韮山代官所の代官であるのだが、清国にて起こった「アヘン戦争」により、欧州に侵略されるという危機感を覚え、韮山塾を開学し、砲術などの技術を教え、学び、そして「韮山反射炉」を作るきっかけともなった。

第五章「“陰のプロデューサー”トーマス・グラバー――”近代化特区”となった長崎――」
長崎は明や清、さらにはオランダなど外国の玄関口とされてきた。そのため外国人が江戸日本を学ぶ、そして伝える際には長崎に来ることがほとんどであった。そのため長崎には諸外国の技術・文化が最も早く取り入れられることが多く、「異国情緒溢れる」と言うような表現が似合うような場所だった。その長崎を特区として近代化に貢献したのが「日本ビール育ての親」と言われているトーマス・クラバーである。

第六章「長崎から世界へ――造船大国ニッポンの船出――」
その近代化の中心地の長崎には造船も盛んに行われた。製鉄所や造船所も次々とでき、岩崎弥太郎や福沢諭吉などといった人物の縁の地となった。

第七章「反射炉から釜石、そして八幡へ――産業革命の主役・「鉄」――」
製鉄所や反射炉など数多くの技術を生み出したものとして「鉄」がある。その鉄を鋳造するための場所が数多くあり、中には世界遺産に登録された所もある。そのはしりとなったのが福岡県北九州市にある「八幡製鉄所」である。

第八章「産業革命のエネルギーを支えた石炭産業――育ての親・團琢磨――」
鉄のみならず、石炭産業も日本の産業革命に大きく貢献してきた。その石炭産業の育ての親が團琢磨。クラシックや合唱など数多くの楽曲を手がけた團伊玖磨の祖父にあたる人物である。團が行った石炭産業はどのような物だったのかを追っている。

日本の近代化は江戸時代末期から明治時代にかけてあったのだが、その背景にはまさに「ラストサムライ」と呼ばれる人物たちがいたことは紛れもない事実である。その成長を迎え、成熟を迎える日本の中でどのような成長の要素が見つけられるのか、そのヒントにラストサムライの生きざまがあるのではとも思ってしまう。

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