科学者と軍事研究

科学と軍事は密接なものである。かのアルフレッド・ノーベルは化学者として名を馳せ、開発の材料としてダイナマイトを発明した。しかしノーベルの意志に反して軍事的に扱われ、誤報ではあったもののノーベルが「死の商人、死す」と記載されたことに悲しみを覚え、平和を願うために「ノーベル賞」を全財産を投じて創設するよう遺言書に遺したことは有名な話である。

科学と軍事は切っても切れないものであるのだが、それをなるべく避けたいのも科学者の中には軍事的なことに反対する人、逆に推進する人がいる。本書はその関係と日本における防衛省と科学者の関係について取り上げている。

第1章「安全保障技術研究推進制度について」
「安全保障技術研究推進制度」とは、

「将来的に武器など防衛装備品に使える基礎研究の育成を目的に、15年度に防衛装備庁所管の制度として創設された。対象は大学や民間の研究機関、企業」「コトバンク」より)

とある。あくまで日本は専守防衛なのだが、海外的な脅威を避けるために予算を計上し、大学や企業などの基礎研究の助成を行うという。軍事的と言えば軍事的であるのだが、具体的にどこに助成を行っているのかも取り上げている。

第2章「日本学術会議の態度表明」
「日本学術会議」とは、

「科学が文化国家の基礎であるという確信の下、行政、産業及び国民生活に科学を反映、浸透させることを目的として、昭和24年(1949年)1月、内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立されました」「日本学術会議」HPより)

とある。科学の進歩と同時に国民生活に密接するように行うことが目的とされているのだが、本章では最近における態度表明の中にて、安全保障についても言及している。

第3章「軍事化する日本の科学」
日本の科学が安全保障のために利用しているとあるのだが、著者が主張するには「軍事的」であるという。軍事的である理由と、それが拡大することについて著者自身が危惧している。

第4章「研究者の軍事研究推進論」
研究者の中には安全保障の推進を行うのだが、それが軍事研究を推進していると捉えているという。著者自身はそのような研究者を批判している。

軍事と科学は密接なものである。軍事で使われる武器のほとんどは科学的な進歩の中で生み出された産物であるのだが、その軍事的な研究は日本に限らず世界的に行われており、もしそれが日本に対しての「脅威」になることもゼロではない。それに対抗するために研究があるのではと本書を読んで考えてしまう。糾弾する事もまた一理ではあるのだが、糾弾した先に何があるのか言及がなかったのは残念であった。

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