異才、発見!――枠を飛び出す子どもたち

難病や障害を抱える子どもたちは少なくなく、なおかつそのことにより学校生活になじめない子どもたちもでている。もっとも学校教育というと「協調性」などを重視しているのだが、本書における教育は「枠にはめ込む」のではなく「枠を飛び出させる」といった教育プログラムである。そのプログラムとは何か、そしてなじめない子どもたちを才能を開花させるためにどのような事を行っているのかを取り上げているのが本書である。

第一章「枠をはみ出す子ども」
よくある学校教育は「平等」の教育であるのだが、ここで取り上げているのは「公平」の教育である。一見同じような意味を持っているように見えるのだが、実は全く違っており、そもそもの「平等」と「公平」の違いを取り上げつつ、教育の場ではどのように異なるのかを比較しながら紹介している。さらに本書では枠にはまった教育になじめなかったが、そこから大成した方々も取り上げている。

第二章「特化した才能をつぶさない教育」
本書で取り上げているのは「異才発掘プロジェクト」と呼ばれるものである。そのプロジェクトの先生は学校になじめないながらも、突出した能力を持つ子どもたちを見つけ、そして育てていくというものであるのだが、冒頭・第一章で取り上げた学校になじめない子どもたちの中には優れた才能や没頭できるものが少なくとも一つ以上あり、それぞれに合わせて教育を行うと言うものである。もちろん才能に合わせての教育を行っていくのだが、そこには教科書も計画もないと言った今までの学校教育の在り方を破るスタイルであった。

第三章「特化した才能を伸ばすプログラム」
自分自身の持っている才能を特化するためにどのような教育プログラムなのかを取り上げているのだが、みてみるとまさに「型破り」と言った言葉がよく似合う。もっとも枠からはみ出すのだから、教育の枠もはみ出すと言えるのかもしれない。

第四章「「人とは違う」を恐れない社会へ」
人は誰しも価値観にしても考え方にしても異なる。その異なっていくことを必要以上におそれているのが現在の社会なのかもしれない。その人と違うことについて先生と子どもたちが喧々囂々の議論を行うところからも人と違うことの恐れがある一方で、人と違う事を恐れないことを知ることができる。

とかくに日本は「出る杭を打たれる」社会である。しかし日本や世界などを股に掛けて活躍する方々はいずれも「出る杭」である。その出る杭を打たれずに伸ばすといった教育の方法は必要だという主張している論者もいるのだが、具体的な教育の在り方を示す方々はほとんどいなかった。おそらくその教育方法を形にして表した事例と言える。

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