マグロ大王 木村清 ダメだと思った時が夜明け前

道を歩いていると「すしざんまい」という店を目にする事があり、その店の前にはその社長が笑顔で両手を広げているモニュメントがある。好意的に捉える人もいれば、本当に必要なのかという否定的な人もいるかもしれない。

そのモニュメントにある「笑顔」こそが、本書の著者であり、「すしざんまい」を運営している株式会社喜代村の社長である木村清氏である。本書はすしざんまいができるまでのエピソードと自らの半生を綴っている。

第一章「人は涙を流すほど悔しい状況に追い詰められた時こそ、底力を発揮するのです」

東京にある公設の卸売市場は現在では豊洲であるが、かつては築地であった。特に築地市場から多くの卸売がなされ、東京の台所として非常に有名であった。その築地にて「すしざんまい」は生まれた。

しかしその生まれたきっかけにはバブル崩壊における築地の衰退があった。その衰退から救うために誕生したが、その支えとなった人物は当時の銀行支店長であり、現在は作家になった方がいたという。

実際に回転したがうまくいかない状態が続いたが、自らの志とこだわりにより、成長を遂げていった。

第二章「壁は、先に進めるという予兆なんです」

著者自身の学生時代、さらには航空自衛隊に入隊したものの、交通事故での挫折などを赤裸々に綴られている。大学進学を経て職を転々として水産業界へと進むこととなった。

第三章「ピンチは、常に新しいチャンスなのです」

水産業界に入ったときからが築地市場での関わりがスタートとなった。元々自衛隊や別業種で働くことはあったが、その常識が全く通用しない世界だった。特に魚の仲買人となったときに必死になって働いたこと、そこから独立し、飲食を始め多くの業種に挑戦したこと、バブル崩壊の大きな挫折があった。特に事業を行っていく中で大きな壁が立ちはだかるが、自衛隊で身につけた魂で乗り越えていったという。そしてバブル崩壊の最大のピンチは支えてくれた仲間たちによって救われた。

またこの時期にマグロ大王と呼ばれる原点となるマグロの取り扱いもスタートした。

第四章「三日で店ができなきゃ、商売じゃない」

仲間たちの支えを持って回転したのが「喜よ寿司」であるが、瞬く間に繁盛し、「すしざんまい」へとつながっていった。元々「すしざんまい」は築地を中心としてほぼ全国に展開しているが、よくあるチェーン店とは大きく異なり、地元ならではの特性を活かして店づくりを行っているという。また店舗の展開についても著者自らの観点で行っている。

第五章「試してもみないで、無理だと言うな!」

マグロを通じて売上を伸ばす一方で、社会貢献も行っている。それはソマリア海賊問題に対して、自ら海賊と話し合いを行い、自ら持っているマグロのノウハウを教え、輸出ルートを確保することで、海賊の被害を急減したというエピソードにも言及している。

第六章「人材は夢とロマンが育てる」

すしざんまいなど多くの店を通じて、著者は「人」を育てるところにある。その人を育てることによってすしざんまいにとっても、会社にとっても大きな成長へとつながっていく。その会社の教育や従業員にまつわるエピソードも余すところなく紹介している。

第七章「すしざんまいの味から日本の味へ、日本の味から世界の味へ」

著者は毎年築地市場・豊洲市場においての初競りで初物マグロを落札することで有名である。毎年のようにニュースで取り上げられることから、「初競り=著者」というイメージを持たれる人も少なくない。日本の寿司文化を世界に広げるための活動も行っている。その活動内容も取り上げている。

本書の表紙はもちろんのこと、すしざんまいの著者のモニュメントにも笑顔が印象的である。しかしその笑顔の裏には、マグロを通じての苦労と、お客さまへの感謝といったこと、マグロをはじめとした寿司文化を世界に貢献していくという未来が映し出されているのかもしれない。