ネット右翼とサブカル民主主義

私が書評を始めてまだ間もない時は新書が中心であった。そして徐々にネット右翼とかに興味を持ち始めてそういった関係の本や歴史本にシフトしていったことをよく覚えている。今となっては歴史本は変わらないのだがネットとかからビジネス本の書評に変わった。月日が経つのは恐ろしいもので、これからどの本を書評の中心になっているのかわかったものではない。本書を手に取ったのはいままでどういったことを書いたのかを思い起こしながらという意味合いもある。

私情はそれまでにしておいて、ちょっと前まで(今もかな?)話題となった「ネトウヨ」こと「ネット右翼」、それとサブカルチャーとの関連性について考察している。

第1章「政治のサブカル化とネット右翼」
2005年の衆議院総選挙を含め小泉政権時代は「劇場型政治」と言われた。皮肉にもこの時期からネット世論が目立ちはじめたときである。政治に関するニュースについて事あるごとに感情的に称賛したり批判したりしはじめていた。それについて「サブカル化」しているという。もっと言うと政治もさることながらマスコミなどのメディア批判もその一つである。政治や社会に関して様々なことをネタにしている現象を起こしているが、ネタによってはブログや掲示板や2ちゃんねるで炎上すると言ったことが起こっている。それだけこう言った時事をサブカルチャー化しているのではと言われているのと同時にそれだけ興味を持っているのではと考える。

第2章「アニメはネット右翼を「量産」したか?」
ネトウヨはアニメから量産したのかというのを考察した場面である。関連性から考えると本書でも指摘されていたように「機動戦士ガンダム」のジオン軍のように朝鮮や中国等を例えて排外的な主張をすることも印象付けられる(例えば左翼論客のことを「在日」もしくは「在日コリアン」と呼ぶのが有名)。

第3章「ネット右翼をたち振る舞いと「こころ」」
ネット右翼に関しては近頃ではあまり取り沙汰されてはいないものの未だにネット右翼の批判は絶えることはない。ネット右翼はネット右翼で露骨に攻撃をする。さらには「ネット左翼」も表れており、それらの論戦もある。それについて見苦しいという人もいるのだが、私自身の意見はネットを媒介とする論戦は非常に新しいと言っていい(ただし公序良俗に反しない限り)。ネット右翼に限らず、ネットを利用しての政治的論戦は激しくなるにつれ、投票行動に影響し、政治を動かすことになればネットにおいて発言力が上がるというように思える。

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