お客様は神様か?~売れない時代の新しい接客・サービス~

「お客様は神様でございます」

これは国民的歌手である三波春夫が言った言葉である。
一部の企業ではこれを鵜呑みにし、お客様は神様ですと標榜しているところもあるのだが、はたしてこれは正しいのかという疑問はある。

しかも三波氏自身もこの言葉については「自分はすべての人をお客様だと思っているわけではない。ステージを見に足を運んでくださる人だけがお客様だと思っている。(永六輔「永六輔の芸人と遊ぶ」より)」としており、全員が全員神様だと思っていない。
本書は「お客様は神様」という言葉の呪縛を解き放ち、新しいサービスや接客の在り方についてキキダス・マーケティングやキャッチコピーの大家が提言をしている。

第1章「接客用語の呪い」
レストランやスーパー、コンビニやファストフード店と言った接客業にはいろいろと「接客用語」というのがつきまとっている。私が大学1〜4年の約3年半の間スーパーで働いたことがあるのだが、そこでも半年に1度接客用語などを復習するといった試験や復習と言った研修が必ずあった。必ず言われたのが、
「いらっしゃいませ」
「はい、かしこまりました」
「少々お待ちください」
「お待たせしました」
「ありがとうございました」
というのが代表例としてある。これを何度言ったことだろうかとふと思い出すのだが、形式ばった接客用語は時として他人に対してイライラさせるようなことにもなる。接客用語と言うのはあくまで参考例と言ったものであり、必ずしもそれに絶対服従ということではないということを肝に銘じておく必要があり、自分自身も肝に銘じておく。

第2章「経営サイドのミスリードが残す呪い」
今度は経営に関しての呪いについてである。最近の話でもないが、「経営術」と言うよう主に実践的な経営術というのがあるのだが、マーケティング用語や手法、経営術と言った罠について紹介されている。
経営技術になると用語も数多く飛び出しており、企業においても経営用語が飛び交わない人言うのがないに等しい。さらにそれを知らない人たちにとって新しい言葉なのでそれを鵜呑みにしやすい。
経営手法と言うのはあくまでツールで参考例でしかならないし、新しい手法ができたとしてもそれが自分の企業にフィットするとは限らない。自分の経営形態や経営に落とし込みながら実践していかなければ痛い目に遭う。

第3章「接遇の呪い」
居酒屋などのチェーン店や様々な場での接客があるのだが、接客用語にはない「接遇」についてここでは著者の実体験を交えながら紹介している。
著者のブログではほぼ毎日のように居酒屋などの飲食店に行くことが多く、そこで食べた、もしくはおいしそうだったメニューなどを取り上げている。その中でも接客が悪いということについても指摘しており、著者自身おかしい「接遇」を何度も体験したことがあったという。ワンパターンな接客、臨機応変の利かない接客というのがたくさんあるように思えた。
著者自身の体験なだけに、あまりにも生々しく、自分自身も心当たりがあるのではという錯覚に陥ってしまう。

第4章「お客さんをトリコにする」
これまで様々な「呪い」について取り上げてきたが、では「お客様」というのはどのような存在なのか著者は「家庭的なもの」と定義している。距離が遠すぎず、近づき過ぎない、アドリブか利けてどのような商品と言うのを分け隔てなく紹介するというのがあるのかもしれない。

「マニュアル」というのがあると接客を行っていくうえでどのようにやればいいのかという道標が容易に突く反面、「マニュアル人間」というように臨機応変がきかない「思考停止人間」に陥ってしまう。マニュアルの悪さを露呈したのと同時に、本来の接客の在り方とは何なのかというのを教えてくれる。元々商人や下町と言ったところの商売はマニュアルというものが存在しなかった。先輩や親方の芸を盗みながら磨いていった時代があった。その中でお客様に接する時の技術を磨いていき、自然体でありながらも購買に結び付かせるような技術を身につけていった。接客というのは技術と言うよりも一つの「芸」というのがあるのではと考えさせられるような一冊であった。