「非属」というと、簡単に言えば「フリーランス精神」なのだろうか、と考えてしまう。
私たちは普段、多かれ少なかれ企業勤めの人がほとんどであろう。かく言う私もその一人である。企業の中でもあるグループに所属をして活動を行っている。その中では協調性も求められるが、協調性どころか「同調性」を強要するようなことまで求められる。
しかしベストセラーなどを生み出す作家、それ以外にも著名なスポーツ選手や文化人はそのような「みんな同じ」という風潮を抗いながら技術や精神の高みを目指していった。
本書は「同調」を廃した「非属」の重要性について、「Bバージン」などのベストセラーを生み出した現役の漫画家の観点から解き明かしている。
第1章「誰のなかにも「プチ佳祐」が」いる
「プチ佳祐」というのは、「プチ桑田佳祐」のことを言っているのだろうか。もしそうであれば、私はこれ以上うれしいことはない。ましてやその「プチ」を大きくしていきたいものである。なにしろサザンファンであるのだから。
私事はさておき、「みんなちがってみんないい」という言葉がある。この言葉の意味はよくわからないが、私の解釈として「人は誰しも個性や性格・考え方・嗜好の違いはあれども、それもみな認めながら、一緒になろう」を言っているのではないだろうか、と考える。あくまで「協調性」の考え方である。
しかし、学校や一部の企業ではその協調性どころか、個人の考え方や個性までも否定して、相手に合わせるような風潮にある。有名人の中にも「非属」の才能からか学校でいじめられる、もしくは退学処分に処された人もいた。
第2章「ブルース・リー」になる試験はない
もしも「ブルース・リー」になる試験があったら、竹中直人のネタは2・3個減っていただろう。
それはさておき、ブルース・リーの通りのような有名人になる試験は存在せず、様々なチャレンジをして、失敗を何度も繰り返すことこそ、才能を伸ばすこと、可能性を広げることができるものである。
第3章「定置網にかかった人生でいいのか?」
良い高校に入り、一流の大学に入り、一流の企業に就職する、というのが戦後世代の常套句であった。それを「定置網」とも定義づけることもできる。現在の大学生でも、大規模な就職説明会に参加し、そして企業に面接に行き内定をもらう、という図式もまさに「定置網」とも言える。
これは漫画家にしても小説家にしても、公募や持ち込みによって目指せる枠が広がっていることにより、本書でも喩えられているとおり、帰省ラッシュ時の高速道路のようなものである。
誰もやったことがないような道をすること、もう一ついうとひねくれることこそ「定置網」にかからない方法であるという。
第4章「「変わり者」が群れを動かす」
「変わり者」というと、学校でも企業社会でも快い印象を持っていない。むしろ避難や排斥の対象になる。
しかし、そういった「変わり者」の人や企業がいるからでこそ、今までの常識を覆すような商品やアイデアを生み出すことができるのである。
第5章「非属の扉をこじ開ける方法」
では「非属」になるにはどうしたら良いのか。自分と真剣に向き合う。時として人と違うことをやる、もしくは一度も体験したことのないものやことに触れてみることにより、「非属」と可能性が大いに広がる。
第6章「独創性は孤立がつくる」
「独創性」を築くための一つとして「読書」が挙げられている。しかしその読書も「ビジネス書」ばかりではなく、たまには古典や詩集、俳句集などを読む。書評にしても同じかもしれない。私の場合であれば、戯曲や俳句集を書評するのも、ある意味「独創性」にあるのかもしれない。
第7章「和をもって属さず」
「非属」が良いとはいえ「協調性」は大事である。ましてや「協調性」と「同調性」とはき違えている人が多いように思えてならない。それはさておき、「非属」や「変人」、「独創性」があるとは言えど、周りに対して悪影響を及ぼしてしまっては組織どころか、様々な場において「損」をしてしまう。
正直にいうと私自身も山田氏の意見には大賛成である。かくいう私自身も「協調性がない」というレッテルを貼られ続けたことがある。今もそうであるが。そのコンプレックスからか「協調性」と「同調性」の違いについて、辞書やインターネットなどで調べたこともある。そこから「協調性」の意味を見つつ、それを実践してきた。
定年まで安定した職業に就くことが難しくなったこの時代だからでこそ、「非属」の重要性が高まってくる。本書はそのことを予見しているのかもしれない。
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