高校野球って何だろう

今年の選抜高校野球は浦和学院が初優勝した。埼玉の高校がセンバツで初優勝したのは45年ぶりの快挙となったという。決勝は9年前に初出場初優勝を遂げた済美高校は惜しくも準優勝となってしまった。これから約4ヵ月後には「夏の甲子園」と呼ばれる「全国高等学校野球選手権大会」が開催される。そのなかでどのようなドラマが生まれるのかわからないのだが、わからないからでこそ楽しみと言える。

しかし、高校野球は甲子園だけが全てではない。野球を通じて人間的な成長を遂げることもまた野球部の目的である。

本書は強豪・横浜高校の名将である渡辺元智監督が野球部を通じて、子供を育てることとは何か、故高校野球とは何かについて綴っている。

第一章「最近の野球部員」
最近の野球部員、というよりも子育ての環境について監督は嘆いている。嘆いている矛先は子供ではなく、その子供を育てる「親」の存在である。
本章ではその中で、育てること、野球部の象徴である「坊主頭」の意味について語っている。
また、本章では現在大リーグで活躍している松坂大輔にまつわる、ある「事件」も取り上げられている。

第二章「親が成長していない」
前章からの引き続きであるが、子供は野球を通じて成長するのだが、親もまた成長をする必要がある。しかし、人生経験を得てきた親は、様々な固定観念を持っており、妙なしきたりなどが出てきてしまい、監督も頭を悩ませている。
野球部を通じて本当に成長すべきなのは、子供だけではなく「親」ではないか、とさえ思ったのだという。

第三章「苦難と挫折の人生」
ここからは監督の半生を綴っている。監督は元々野球選手を目指していたのだが、怪我に悩まされ道半ばで挫折をしてしまった。後に横浜高校の監督に就任するが、就任当時の指導法は「超」と言うほどのスパルタ指導だった。今となっては「体罰」と捉えかねないほど強烈なものだったのだが、それは高校時代の恩師が同様の指導法を行い、監督も心酔したことにあるのだという。

第四章「監督とは職業である」
監督は本章のタイトルのことを主張している。その理由には自分のために、子供のために、そして子供の家族のために成長するための役割としてあるのだという。
監督になる前後は、生活が困窮し、二人三脚で苦労をしたのだが、その「苦労」は私の想像を絶するほどのものだった。

第五章「選手の気質が変化した」
時代はながれるにつれ、選手の気質も変化する。
変化する原因には育った環境や経済、あるいは社会などの数多くあるのだが、監督もまたスパルタ指導から様々な形で変化をしていった。
ライバルの存在、選手の存在、それ以外の方々の存在により、自分自身の「軸」はそのままにしながら、練習や接し方は変えていきながら強豪校へと進化していった。

第六章「横浜高校野球部卒の選手たち」
横浜高校には松坂大輔をはじめ、様々な野球選手を輩出してきた。その一方で野球部に在籍し、鳴かず飛ばずだったものの、別の畑で活躍した方もいる。
その方の名は上地雄輔
その上地氏本人も横浜高校野球部で育ったことを誇りに思っていることを番組内で語っている。監督もまた、上地氏を育てたこと、そしてその上地氏に感謝されていることを誇りにしている。

第七章「人を育てるのも人」
本章のタイトルにあるように、野球でも、仕事でも「人を育てる」のは「人」である。
監督自身も周りの方々によって成長させられたのだという。その成長は子供達にも伝藩し、それが部にも伝藩し、強豪校に育っていった。

第八章「強いチームの条件」
「強いチームとは何か?」「高校野球とは何か?」
その問いは指導歴45年以上、野球人生50年以上経った今でも、答えは見つかっていない。
しかし、答えは見つからずとも、今いる環境で「全力で勝利のために努力をする」ことはできる。そのために、日々野球少年達に指導をしている。

本書のタイトルにある答えは第八章にも書いたように未だに見つかっていない。もしかしたらその答えは亡くなるまで見つからないことさえある。その答えを見つけるために悩み、惑いながら、勝利と成長のために今日もまた野球部に向かい、指導する。監督が45年以上も歩き続けた高校野球の轍はまだ続くように。

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コメント

  1. セイちゃん より:

    非常に高い読書術と批判・理解力がある人だ。私が感じたのは、渡辺監督の力量を一冊にまとめた編集者の力。こうした著書というものは90%が編集者によるもので、もちろん渡辺氏の考え方を中心にまとめたものだが着眼点が鋭い。野球ノウハウ本ではなく、ホンネを語り、語らせている。そこがすごい。

    • 蔵前 より:

      >セイちゃんさん。

      コメントありがとうございます。
      渡辺監督の本音がストレートに響く、印象の強い一冊でした。