弔い論

「弔い」とはいったいなんなのだろうか。調べてみると、

「1.人の死を悲しみいたむこと。
 2.送葬。葬式。のべのおくり。
 3.法事。追善。」「広辞苑 第六版」より)

とある。つまり亡くなられた方への追悼の意味をなしている。「死」と「生」、「死者」と「遺族」と「弔問者」の関係について「靖国神社」や「折口民俗学」などに触れながら考察を行っている。

第1章「幼子の死と弔い―子どもの近代と生死の諸相から」
最近では「乳児」や「幼児」「少年」が病気などで亡くなる例は少なくなったが、「幼児虐待」や「児童虐待」で亡くなる例があり、「幼子の死」となることは少なくない。年端もいかない子供の「死」は、子供の教育、いわゆる「学校教育」や「親における子供の接し方」などとともに「子供」に対する「弔い」について考察を行っている。

第2章「戦死者の霊と弔い―折口信夫の弔いの作法から」
靖国神社の「春の例大祭」は3月末に終わったのだが、その時期に重なるようにして、閣僚が参拝し、韓中が非難したニュースは記憶に新しい。
そもそも靖国神社が祀っているのは、幕末の志士や過去の戦争で亡くなられた戦死者である。
その歴史は1902年に「東京招魂社」から始まる。長い歴史のなかで日清戦争、日露戦争、大東亜戦争など戦争の戦死者が出る度に「例大祭」、もしくは「臨時大祭」が開かれ、祀られた。
戦死者を祀るための祭は、靖国だけに限らない。西南戦争(鹿児島)や白虎隊(福島県)でも、戦死者について祀られており、それらを引っくるめて戦死者の「弔い」について折口民俗学をもとに考察を行っている。

第3章「戦死者の亡霊譚と弔いの視座」
「合祀」は死者の「御霊」を捧げる、その御霊を別の神社に祀ることを「分祀」という。その合祀をめぐって、靖国神社に対し反発を行い、分祀をする、もしくは「合同追悼施設」の建設を求めるなどの動きもあった。
本章ではその話も触れられているものの、根幹は「遭難死」である。「遭難死」は簡単に言うと、戦禍に巻き込まれ、遭難して行方不明、もしくは亡くなられた方々のことを指す。

第4章「亡霊の生き残り、そして未来の弔いへ」
そろそろ季節は夏に移るので怪談話も出てきはじめる頃である。怪奇現象といった俗に言う「オカルト」に関して、あまり信用はしていないのだが、亡霊や妖怪といった民俗や文化にまつわることについては興味がある。
それはさておき「生」と「死」、そしてその「死」によって生まれた「亡霊」の関連性と未来についてどのように向かうべきなのか、第3章までの考察をもとに提示している。

「弔い」への思想は多かれ少なかれ変化をしているのだが、故人を偲ぶ思想そのものは変わらない。ただ「通夜」や「葬式」など「弔い」にまつわる様式は様々な変化が起こっている。そこへの「弔い」はどのような形が存在するのか。本書は民俗の歴史であるが、その過去と未来を浮き彫りにすることのできる一冊である。

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