ひきこもりのライフストーリー

「ひきこもり」自体は今も昔も変わらず取り上げられている。ネガティブに取り上げられていることも多く、子どものみならず、大人たちもまた「ひきこもり」をするようなケースも少なくない。「ひきこもり」になる要因は当事者の事情によって異なるため一概には言えない。そこで本書である。本書は「ひきこもり」の当事者たち5人の体験談などを取り上げている。

第一章「いじめに狂わされた人生」

「ひきこもり」となる要因のなかで、代表的なものに「いじめ」がある。学校の生徒同士のいじめが主であるが、陰湿化することもあれば、本で文字化するのもはばかるような内容のものまである。特に本章では後者に該当するような体験が連続してあり、引きこもりにならざるを得ない状況に陥った。そこから脱し、「ひきこもり」の当事者としてどのような仕事を行い、夢を追っていくかもまた取り上げている。

第二章「母子二代でひきこもりを経験」

冒頭に「「ひきこもり」自体は今も昔も変わらず取り上げられている」と書いた。その象徴が本章と言える。母親もひきこもりを体験し、息子もまた事情によりひきこもりとなってしまった。その状況を赤裸々に綴っており、なおかつ母子でこれからの人生をどう過ごしていくのかの展望もまた綴っている。

第三章「居場所との出会いで新たな人生」

充実した人生が突然奈落の底へと突き落とされる様なこともある。中には自業自得と言えるのかもしれないが、充実した中で身を削りながら取り組んでいったものが否定され、心身共に壊され、ひきこもりになってしまう。本章はのような傾向の印象だった。しかし否定されようが新しい「居場所」は探してみるだけでも色々とあり、なおかつそこからひきこもり脱出のきっかけづくりにもなる。

第四章「中高年のひきこもりは置き去り」

今や「ひきこもり」は子どもだけのものではなく、大人もまたなる。特に中高年もまた「ひきこもり」になってしまうケースもある。特に中高年のひきこもりはメディアでもそれ程取り上げられず、なおかつ相談する所もすくない。身近に相談しても「いい年だから…」という答えしかもらえず、四面楚歌になってしまう中高年も少なくない。

第五章「声を上げ始めた当事者」

その「ひきこもり」の方々が新しいメディアでもって立ち上がり、声を上げ始めた。その一つに「ひきこもり新聞」「HIKIPOS」などがある。

誰しもがやりたくて「ひきこもり」になったわけではない。多かれ少なかれ「理由」が存在している。ひきこもりに対してどのように救いの手を差し伸べるのか、当事者でもわかるケースもあればわからないケースもある。それだけ複雑である。しかしながら現在の「ひきこもり」を解決するためにはその「事情」を知る必要がある。その「知る」一つに本書があると言えよう。