坂本龍馬 ゆかりの地を歩く

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坂本龍馬 ゆかりの地を歩く 坂本龍馬 ゆかりの地を歩く
清水 克悦

PHP研究所  2009-11-21
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株式会社イー・プランニング 須賀様より献本御礼。
いよいよ来年から大河ドラマで「龍馬伝」が始まる。福山雅治が主演ということで、歴女ブームも相まって女性ファンにとっては釘付けとなることであろう。
坂本龍馬の生涯は輝かしいものであったのだが、現在の日本にどのような影響を及ぼしているのかはまだ不明なところも多い。
その話は今回置いといて、本書は坂本龍馬の生涯を高知・江戸・長崎などをスポットを紹介しながら追っていこうという一冊である。大河ドラマをみる前に予習がてらみるといいかもしれない。

第1章「高知を旅する」
坂本龍馬は土佐藩、現在の高知県に生まれた。その生誕地は現在も石碑が建っており、本書でも紹介されている。同じ土佐藩出身では板垣退助もおり、幕末・明治にかけてどれだけ影響したのかというのも見て取れる。
本書はそのこともあってか全15コースのうち4コース取り上げられている。龍馬が誕生した地から、1858年に龍馬とともにした武市瑞山の殉死跡地、有名な桂浜、そして土佐にゆかりのある人物の銅像もスポットとして挙げられている。

第2章「江戸を旅する」
龍馬が江戸にいたのは1853年剣術を磨くためにやってきた。剣術を学びながらもペリーが浦賀に来航したことを聞くや、佐久間象山の私塾に通い儒学や海防の重要性を中心に学んだとされている。佐久間象山と言えば、門弟に吉田松陰がいることでも知られている。たった4ヶ月であったが、儒学のほかにも台場(現在で言う「お台場」)で方術をしえたこともあったという。そのあとにも1856年に遊学した。本章ではこれらのことを踏まえたコースを1つ紹介している。

第3章「長崎を旅する」
続いては長崎である。1862年に土佐藩を脱藩の後、勝海舟に弟子入りし長崎入りした。後の「海援隊」の礎となった亀山杜中を組織し、さらに交易地であったことが縁でイギリスのグラバー商会との信用を深め、大久保利通や西郷隆盛、長州藩士との交流も深め、幕末志士の一人となって行った。龍馬が武士としてだけでなく、斡旋役として輝かしい功績をおさめた一つである。
本章では脱藩後、勝海舟とともに長崎に行ったコースを1つ、亀山杜中を組織した縁のコースを1つ、グラバー商会との交流を深めた縁のコースを1つの計3コースを紹介している。

第4章「山口を旅する」
幕末の象徴として知られる吉田松陰が生誕したところであり、山口の萩にて「松下村塾」を開き、高杉新作、桂小五郎、伊藤弘文らを育てたことでも知られている。龍馬が萩に訪れたのは1961年のことであり、そこで土佐勤王党を結成するきっかけとなった武市瑞山、久坂玄瑞と対面している。
本書は前述のような事柄を中心にしたコースを2つ紹介している。

第5章「山陽を旅する」
第4章と被る様に見えるのだが、本章は「山口以外」と見た方がいいかもしれないが、龍馬の生涯を見ると、山陽の中でもどちらかというと神戸といった方が正しい。
1863年に勝海舟とともに神戸海軍操練所を設立・創設させた。さらに1867年に海援隊を結成し、いろは丸襲撃事件の賠償も紀州藩にさせたことでも有名である。
本章ではこのいろは丸など2コースを紹介している。

第6章「京都を旅する」
龍馬は晩年、京都において幕末の志士たちと交渉を行いつつ、大政奉還に向けて尽力を行った。剣術というよりもむしろ政治力の強い人物であったことが窺える。また後藤象二郎とともに「船中八策」を策定し、今後運営されるであろう国家の在り方についての大綱をまとめた(ただし、本当に龍馬が作ったのかという議論は絶えない)。まさに大政奉還が行われ、新しい時代が始まるといった矢先、近江屋事件で何者かに暗殺され、31歳という短い生涯に幕を下ろした。
本章では桂小五郎(後の木戸孝允)、西郷隆盛との会談を行った地、新撰組で有名な事件「池田屋事件」の舞台となった場所などが紹介されている。

昨今のニュースでも話題に上がっているとおり、来年の大河ドラマが「龍馬伝」ということから、再び「龍馬ブーム」が起こっている。最近では「龍馬ビジネス」もあったりしているほどである。本書は龍馬ツアーにも惑わされず、むしろ一人、もしくは仲間内数人でひっそりと龍馬ゆかりの地を歩いてみたい人に適した一冊である。

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