東京裁判の亡霊を撃て

大東亜戦争を侵略戦争であるということを言う人が多い。むしろ学校の教科書でも「あれは侵略戦争だった」というくだりはほぼ常套手段のように思える。

はたしてそうであろうか。大東亜共栄圏にいたフィリピンやインドネシアなどの国々は欧米列強の植民地でありそこで白人たちの迫害に遭っていた。武力抵抗を行っても列強たちは強力な武力を誇っているため簡単に鎮圧されてしまう。しかし大東亜戦争のときに白人たちと真っ向から戦う日本人を見て独立できるという自信が芽生えた。

そこで大東亜宣言により大東亜共栄圏ができたという。それを言ってしまうと日本軍も虐殺を行ってきたと反論する人だっている。確かに「バターン死の行進」はパール判事でも弁護しようがなく認めざるを得ないことである。しかし植民地の国はそれ以上のことはやっていないのかと問い詰めたくもなる。

しかしそれでは堂々巡りとなってしまうのでそれ以上は語らない。さらに大東亜戦争は日本が仕掛けてきたとされているがこれにも大きな間違いはある。当時の世論は開戦論が大多数であったことは認めざるを得ないし、東条英機が開戦派であったのは一部認める。それは陸軍大臣までの時であり、昭和16年に首相の座に就いた以降は戦争回避のために様々な手を考えたという。

しかし真珠湾攻撃を行う以前からアメリカとは戦争をしていた。1940年初頭にミャンマー上空で日本軍はアメリカのフライング・タイガースという義勇軍と戦っていた。ちなみに義勇軍とはいえど指揮をしていたのはアメリカの軍人であり、さらに兵士も雇われた正規兵であったことという。

しかし多くのことで日本の責任が段々嘘話になってきているのになぜ自虐史観にとらわれているのかというと、戦争というのは武器での戦いというイメージが濃いものの情報戦というウェイトのほうが大きい。むしろデマ情報や相手への洗脳教育などによる嘘話の正当化などが多くありそれを歴史認識問題として影を落としている最大の要因である。

それを脱出させることとしては、多くの本を読むことに限ると私は思う。そのことから歴史の真実は見えてくるのである。しかし1冊1冊を鵜呑みにしては意味がない。疑いながら本を読むことで自分なりの正しい歴史観を磨いてほしいと私は思う。