メディア危機

突然だが、皆さんは新聞やTVやインターネットなどのメディアに対してどのように向き合っているのだろうか。私はTVはほとんど見ず、新聞も定期購読はしていない(時々日経を買って読んでいるという位である)。ニュースなどの情報ソースはほとんどインターネットで済ませるということが多い。深く知るために新聞やTVというのも大事であるが、そこから「なぜ」など多角的に考えることが不可欠であるが、メディアはそういったことよりも「善」「悪」と言った判断しやすいものに変えたがる。

本書はそういったメディアを批判しながらも、どのようにして付き合っていけばいいのかということについて書かれている。

第一章「「戦争の現実」はいかに作られるか――政治とメディア」
まずは政治に関してだが、これは「イラク戦争」のことを徹底的に批判をしたという所である。イラク戦争は、まさにアメリカの強引な証拠提示から圧力に至るまで暴力団、もしくはマフィアとも呼ばれるようなことを行い、一部を除いた西欧諸国や国連から非難の声が絶えまなかったほどであった。
当時のブッシュをはじめ国防長官であったラムズフェルドら「ネオコン」と呼ばれる人たちはイラクに大量破壊兵器があると主張していたが、大規模な査察により、「大量破壊兵器」は存在しなかった。しかもイラク戦争が始まった時には「イラク国民からの解放」というのを前面に押し出し、主張をいとも簡単にすり替えた。
イラク戦争の大義とは一体何だったのだろうかというのは様々な方面で検証されているが、「石油会社」や「戦争民間会社」というものが絡んでいるという見方が多い。

第二章「楽観論のワナ――経済とメディア」
本書が出版されたのは2005年夏。「戦後最長の好景気」の真っ只中と言われた一方で、「格差問題」が浮き彫りとなり、良くも悪くも盛り上がっていた日本経済。
特にこの時期は小泉政権が改革の本丸として挙げた「郵政民営化」というのがある。
この郵政民営化をめぐって国会は紛糾し、解散総選挙に至り、自民党は歴史的大勝を果たした。
もうすぐ解散総選挙を迎える。今回の総選挙は政権交代か否かという所が焦点になるようだが、議会制民主主義をとっている以上、政権交代というのは当然ある。
55年体制以降、政権交代を果たしたのは93年のたった1回のみ。もし今回の総選挙で政権交代を果たしたら15年ぶりとなる。民主党に政権能力があるのかというのは未知数であるが、政権をとってみなければわからない部分が多い。

第三章「作られるアイデンティティ――文化とメディア」
「差別」と言うと世界では「白」「黄」「黒」と言った人種差別、時に紛争や戦争にまでなる宗教差別といったものがある。日本では今はなりを潜めているがアイヌ問題や同和、被部落といった差別問題が今でも横たわっている。ただし、日本における「差別問題」はくすぶっているとはいえ、終息になりつつあるのだが、それを誇張しようとする「エセ同和」などの「エセ被差別者」の存在がいる。差別問題が今日になっても続いている元凶の一つと言えよう。

メディア・リテラシーに関する文献は非常に多い。メディアとは何なのかという入門書のようなものから、本書のように現在のメディアについて扱き下ろすような本まで存在する。方法論は違っていても、メディアに関する意見を観るのだから、メディアに対する考え方を本書のみならず、メディア・リテラシーに関する文献を通じて再考する必要がある。本書を読んでそう思った。