ジャニーズと日本

今年の7月9日、ジャニーズ事務所の創業者であり、多くのアイドルをプロデュースし、日本の芸能界・演劇界に多大な影響を与えたジャニー喜多川氏が逝去した。87歳だった。ジャニーズにて生まれたアイドルは数知れず、昭和後期から平成、そして令和の現在に至るまでテレビなどで見ない日はないと言われるほどである。そのジャニーズ事務所が生まれ、そしてアイドルとして、演劇として名を馳せるようになった経緯を、アイドルと共に追っているのが本書である。

第1章「ジャニーズとはなにか」
そもそもジャニーズ事務所ができた経緯としてはジャニー喜多川氏自身の体験からである。ジャニー喜多川氏はアメリカ出身であり、日本・アメリカの両国に渡って育った。大東亜戦争後、アメリカに戻り、学校に通いながらシアターで働くといった生活があり、そこから芸能の道へと進んでいった。その一方で再び日本に渡った時には少年野球チームの指導にあたっており、その指導の中でとある映画に感動し、ジャニーズをつくったのは有名な話である。

第2章「ジャニーズ結成―初代ジャニーズ、フォーリーブス―」
ジャニーズ事務所を設立し最初のアイドルをつくったのは「初代ジャニーズ」である。そのジャニーズの時から「歌って踊れるアイドル」を目指しており、結成当初の60年代においても必要とされていたため、重宝されることとなった。その後にはフォーリーブスも誕生していった。

第3章「郷ひろみからディスコへ―郷ひろみ、田原俊彦、少年隊―」
グループとしてのアイドルが誕生した後に誕生したのは、郷ひろみ、田原俊彦などの個人のアイドルである。ちょうどその時にはディスコが流行していたころである。その時に田原俊彦や少年隊は「ジャニーズディスコ」と呼ばれる独自のジャンルを生み出していき、人気を博した。

第4章「それぞれのアメリカ―冬の時代、近藤真彦、ザ・グッバイ―」
郷ひろみがジャニーズから事務所を移籍した時からジャニーズ事務所は冬の時代になった。ジャニーズアイドルと世間の需要が合わず、脱却しようと模索したのだが、迷走を続けていった。しかしその中でもアイドルだけでなく、俳優もできるアイドルも出てくるようになった。

第5章「80年代とジャパニズム―シブがき隊、光GENJI、忍者、関ジャニ∞―」
80年代に入ってからは、冬の時代を脱却し、一大事務所として確立していくまでの時代を取り上げている。もっともその時にはサブタイトルにもあるように多様なネーミングのグループもできていた。余談だがサブタイトルにある「関ジャニ∞」は2002年に結成したグループであり、本章の80年代にそぐわないように見えるのだが、この時代には奇妙なネーミングが生まれたことに絡んで取り上げられていたという。

第6章「SMAPが開拓した道―SMAP、TOKIO、V6、KinKi Kids―」
そしてジャニーズ事務所の中でも隆盛を極めたアイドルグループが生まれた、その名はSMAPである。SMAPはアイドルとしての活動だけでなく、ドラマや舞台の俳優として、さらにはコメディアンなどマルチに活躍したグループである。そこからTOKIOやV6などアイドルをやりながらもマルチに活躍するグループを生み出していった。

第7章「ジャニーズがもたらすもの―嵐、次世代、そして再びSMAP」
2000年代後半から現在にかけて活躍するグループでは嵐が挙げられ、その後もHey! Say! JUMPやKing & Princeなどを生み出していった。もちろん変わりゆく時代の中で、生み出していったと言える。

ジャニー喜多川氏の足跡そのものがおそらくジャニーズの歴史と言えるのかもしれない。逝去後のジャニーズ事務所はゴタゴタが続いているのだが、そのゴタゴタを乗り越えた先にどのようなアイドルが生まれ、活躍していくのか、その過去と未来を見つめることができる一冊と言える。