著者は「失敗学」であまりにも有名である。先日も福島第一原発事故に関する第三者機関「事故調査・検証委員会」の委員長に指名されたときには、報道で「失敗学で有名な~」といわれるほどである。
その失敗学から派生してできたのが、「回復力」や本書で紹介する「危険学」である。
この世はまさに「危険」と隣り合わせであるが、本書はその「危険」とはいったい何なのか、そして社会のためにどのように役立つのだろうか、回転ドア事故からできた「ドアプロジェクト」とともに解き明かしている。
第1章「「失敗学」から「危険学」へ」
著者が「失敗学」の本を上梓したのは、今から10年前の11月であった。そこから「失敗学」は瞬く間に浸透してきたが、著者自身その学問に限界を感じてきた。それを確信づけたのが次章にあるドア事故である。そこから「危険学」が誕生し、ドアプロジェクトが発足された。
第2章「「プロジェクト」発足」
事の発端は2004年3月26日、六本木ヒルズの「森タワー」の大型回転ドアに6歳の男児が挟まれ亡くなった事件が起こった。当初政府・経産省が調査を進め、「事故防止ガイドライン」を作成し、6月末に発表した。
しかし、事故の真相究明は闇の中に包まれる事を危惧した著者は勝手連として「ドアプロジェクト」を発足した。
第3章「ドアプロジェクトの手法」
ドアプロジェクトの目的は回転ドアの真相究明ではなく「すべてのドア」についてのまつわる危険を発見することにあった。
そのプロジェクトとして、数多くの企業の賛同や協力が必要としていたが、思いの外多くの企業が参加・賛同してくれた。とりわけ回転ドア事故の舞台となった「森ビル」も全面的に協力してくれたという。
第4章「実験でわかった真相Ⅰ」
7月に事件の舞台となった森タワーで自動回転ドアの実験が行われた。その中で回転ドアがいかに「殺人機械」なのか、手動回転ドアやシャッター、スライドドアにはらんでいる「危険」について発見した。
第5章「技術の系譜」
回転ドアの技術がいかに進化してきたのか、について実験の中でわかったことについて述べている。
第6章「実験でわかった真相Ⅱ」
実験は電車のドアや新幹線のドア、自動車のドア、学校のシャッター、事務所や家のドアなどにはらむ危険について、実験を通して明らかになった。
第7章「「勝手連事故調」の勝利」
約1年に及ぶ調査の中で出た成果を総括するとともに、警察や検察が中心となって動く「原因究明」、省庁や政府がつくる「ガイドライン」、社内調査それぞれの限界について述べている。本章のタイトルで少し違和感があった。「勝利」とあるが、今回の調査を元に裁判を起こした形跡も無ければ、論争を起こした形跡も無かった。いったい何に「勝利」したのだろうか。
第8章「その後のドアプロジェクト」
「ドアプロジェクト」はわずか1年足らずで解散となったが、そのプロジェクトによって蒔かれた種は現在でも息づいている。それは医療から安全啓発、さらには「危険学」の形成などが挙げられる。
第9章「「危険学」をどう生かすか」
危険学を通じて、子供たちだけではなく、私たちがいかに「人工物」とつき合っていけばよいのか、あるいはどのような危険があり、回避できるのか、私たちは知る必要がある。
事件や事故について責任を追及するのは誰でもできる。しかしそこに「なぜ起こったのか」「どのような危険がはらんでいるのか」を知る責任がある。昨年3月11日に起こった大地震で福島第一原発がメルトダウンし、現在進行形でその災いは続いている。原発にしても私たちが作られた人工物はその例に漏れない。本書にある「危険学」は出るべくして出てきた学問と言える。
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