サイゴン ハートブレーク・ホテル~日本人記者たちのベトナム戦争

「冷戦」の象徴としてあげられるものとして「朝鮮戦争」のほかに「ベトナム戦争」が挙げられる。その「目と南無戦争」を巡って、日本では「ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)」などがつくられ、デモ活動が起こった。アメリカでも同様にデモ運動が行われたという。
そのベトナム戦争は泥沼化し、混迷を極めたが、そこに赴き、実体を伝え続けたジャーナリストやカメラマンたちがいた。本書はその方々の群像を追っている。

第一章「異色のジャーナリストたち」
ジャーナリストといっても様々な人物がいる。テレビ局や新聞社に所属するジャーナリストであれば、戦地だといくことのできないところはあるのだが、フリーのジャーナリストとなれば話は別であり、危なければ危ないところほど特ダネのチャンスと言えるのである。
そこになに食わぬ顔で赴き、生傷の絶えないジャーナリストもいれば、昨今では命を落とすジャーナリストも出てきている。
「異色」と合っても千差万別はあるものの、本章ではそのジャーナリストたちを取り上げている。

第二章「韓国から来た孤高の名カメラマン」
ベトナム戦争の地にやってきたのはジャーナリストだけではない。カメラマンもまた戦地に赴いていった。
その中でも本章では、韓国からやってきたカメラマンを取り上げているが、そのカメラマンは著者の仲間であり、ともにベトナム戦争の戦地で仕事をしたのだという。

第三章「私のロバート・キャパ像」
ユダヤ人のカメラマンであり、「伝説のフォト・ジャーナリスト」と呼ばれた「ロバート・キャパ」について著者自身の所感を述べている。
スペイン内戦、日中戦争、第二次世界大戦など数多くの戦地で写真を撮り続けた。
そのキャパは戦地で亡くなった。厳密に言えば第一次インドシナ戦争で地雷に接触し、その爆発に巻き込まれたという。
最近では「キャパの十字架」という本がベストセラーとなったのだが、その「キャパ」は本章にて紹介されるロバート・キャパを表している。

第四章「戦争カメラマンの雑感」
カメラマンから見たベトナム戦争は、報道や文献から見たものよりも遙かに凄惨なものであった。
またベトナム戦争において兵器と使われた「枯葉剤」についても取り上げているが、環境問題以上の悪影響についても本章では生々しく取り上げている。

第五章「カメラマン・報道記者の仲間たち」
著者一人ではカメラマンやジャーナリスト、報道記者としての活動はできなかったという。他のカメラマンやジャーナリストとコンビ、あるいはトリオを組んで取材をしたという。
その仲間たちには様々な人がいるのだが、本章ではその方々を紹介している。

第六章「日本人記者群像」
ベトナム戦争に赴いた外国人ジャーナリスト、カメラマン、報道記者は日本人記者をどのように映ったのか、あるいは、著者自身も共に取材した仲間たちにふれながら「日本人」記者はどのように映ったのかを考察している。

第七章「記者たちの戦争症候群」
「戦争症候群」
それはベトナム戦争に限らず、戦争の惨状を目の当たりにし、記憶から離れられなくなる症状のことを指す。本章では、それにかかった記者の方々を紹介している。

戦争は凄惨なものであるが、ベトナム戦争は泥沼化した分、それが際だっていた。その凄惨な姿が記者たちの心を壊したことから、本書のタイトルがつけられたのかもしれない。
記者自身の視点から見たベトナム戦争は報道で取り上げられない「何か」を映し出しており、本書はそれを訴えているのかもしれない。

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