信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体

ニュースにしても、情報と同じく濁流のように流れるようになっているのだが、その中には「フェイクニュース」と呼ばれるような「誤報」や「虚報」が存在する。そのフェイクニュースとはいったいなぜできあがり、世界的に影響を与え、民主主義の在り方を壊すのか、その仕組みと実態を明かしている。

第1章「フェイクニュースとは」
「フェイクニュース」という言葉が出てき始めたのが2016年12月に起こった「ピザゲート発砲事件」である。エドガー・マディソン・ウェルチが銃で発砲した事件で、瞬く間にSNSにて拡散され、ワシントンポストにも掲載されたのだが、十分な証拠を集めたわけではなく、「フェイク」であったというものである。

第2章「拡散の仕組みとは」
ニュースは事実を取り上げるだけかと思いきや実を言うとそうではない。「フェイク」を巧みに使いながら、自分の持っているメディアの「思想」に誘導することさえもある。ちなみにその傾向はアメリカで強く表れており、なおかつトランプ政権が誕生するまでのことにて顕著に出ている。

第3章「フェイクニュースが与えた影響」
フェイクニュースは政治的にも影響を与えているという。その理由としては大統領選にてフェイクニュースが次々と流れていき、トランプ政権が誕生したことにある。これがドイツ・ロシアなどのヨーロッパ諸国にも波及し始めているという。

第4章「トランプ政権とフェイクニュース」

「君たちはフェイクニュースだ」

これは記者会見中にトランプ大統領がCNNの記者の質問を遮って発した言葉である。もっともフェイクニュースはトランプ政権を支持するためのプロパガンダのようなものであったのだが、それを逆手にとって、自分自身に批判的なメディアを排除するための言葉にまでなった。

第5章「発信者たち」
そもそも誰が「フェイクニュース」を流すのだろうか、不特定多数の人と行ってしまえばそれまでであるのだが、本章ではその代表的な人物としてポール・ホーナーを取り上げている。

第6章「ダマされないためには」
メディアリテラシーの基本としては様々なメディアに対して疑いの目を持つことがある。しかしながら、どのようにして疑いの目を持つべきなのか、そのことを取り上げている。

第7章「ファクトチェックで対抗する」
フェイクニュースに対する対抗策も現時点で行われており、それが「ファクトチェック」にある。討論にしても、報道にしても「検証」をすることによって何が「真実」か、何が「フェイク」かを報道することにある。検証報道はアメリカやイギリスなどでは行われているのだが、日本では検証報道をやっている話は聞かない。

第8章「フェイスブックの責任」
フェイクニュースの温床の一つとして、本章では「フェイスブック」を槍玉に挙げている。間を「●」にすると「フェイ●●●ク」となるので一瞬「フェイク」と見えるかもしれないのだが、それは置いておき、フェイスブックが「保守派メディアを排除した」として槍玉に挙げられたことを取り上げている。

第9章「日本で、そしてこれから」
アメリカで「フェイクニュース」が取り上げられている中で、日本では2016年末に「キュレーションサイト」の問題があった。「DeNA」が「WELQ」において他サイトの無断利用や事実に基づかないコンテンツを配信したことにある。その問題とフェイクニュースにはどのような関係性があるのか、サイトというとそこには「広告」がついてくるのだが、それらとの関係はどうなのかも含めて言及している。

誤報や虚報というとあまり見ないように見えて、実は私たちの知らないところであるのかもしれない。それがアメリカにおける「フェイクニュース」にて表立ったとも言えるのだが、本書を読んでいくと「まだ、氷山の一角」という思いさえある。

スポンサーリンク