英語学習は早いほど良いのか

私自身も身を持って体験したことがあるのだが、英語はだんだんと必要なものになってきている。もちろん仕事の種類によって必要か、不必要かは異なってくるのだが、英語学習は必要になってきているのは事実としてある。

しかしながらその学習時期はいつからおこなったら良いのかもまた議論の的になる。中には幼稚園や小学校といった早い時期に行うべきと主張する論者もいるのだが、果たしてそうなのか、本書はその議論について取り上げている。

第1章「逃がしたらもう終わり?―臨海期仮説を考える」
サブタイトルには難しい用語があるのだが、これは生後何日によって刷り込み現象に限界があり、言語を学ぶ限界があるのではないかという説である。それをもとにして早期に外国語を学習すべきという意見を述べる論者もいるのだという。しかしその仮説は真偽も含めて議論が行われており、一概に正しいとはいえないという。

第2章「母語の習得と年齢―ことばを学ぶ機会を奪われた子どもたち」
どのような内容・タイトルだか忘れたのだが、小さい頃からインターナショナル・スクールに通い、英語は堪能であるのだが、本来の日本語があまり旨くいっていない子どもを取り上げられたものを見たことがある。
言語取得自体は赤ちゃんの頃から行われており、言葉を聞くことによって言葉を学ぶ機会となっていく。それは日本語にしても、外国語にしても問わずである。その証拠として「オオカミに育てられた子ども」や「隔離されて育った少女」といった人を引き合いに出している。

第3章「第二言語習得にタイムリミットはあるか」
外国語などの第二言語を取得するには早い方がよいという理由の中には耳による言語認知が習得年齢に比例していると主張している論者がいるためである。その主張しているメカニズムを実験的な観点から取り上げている。

第4章「習得年齢による右肩下がりの線ー先行研究の落とし穴」
第3章にて取り上げられている統計を見ると確かに、年齢によって習得できる・できないの違いが出てきているように見えるのだが、そこには統計的な「罠」や「落とし穴」があるという。もちろんそれは英語学習のみならず「統計学」を学んでいても、その落とし穴はなかなか見つからないものである。

第5章「第二言語学習のサクセス・ストーリー」
大人から外国語を勉強する人も結構いるのだが、その学び方によってはネイティブスピーカーに比肩するほど学ぶことができるようになる。本章ではそういった方々を取り上げている。

第6章「外国語学習における年齢の問題」
外国語学習において年齢は問題としてあるのかというと確かにあるのかもしれない。しかしながらそれが全てではない。脳科学から見ても、年齢的なものはあるのだが、ようは学習をするための時間によっても変わってくることにある。

第7章「早期英語教育を考える」
早期開始ばかりが問われているように見えるのだが、実際に必要なのは学習の「量と質」であるという。

「チャレンジをするのに遅すぎることはない」という言葉を思い出した。これは英語学習にも言えることであり、どんなに時期が遅くても、学ぶ機会・量・質によって変わってくるのである。早期教育が議論の的になっているのだが、時期よりも質・量を議論が肝心であることを本書は主張している。

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