北のはやり歌

日本の歌謡曲の中には「春夏秋冬」と言うような季節もあれば、具体的な地名を挙げて、その場書の風情を表している曲もある。本書は「北」をテーマにしているのだが、決して「北朝鮮」ではない。北海道や東北などの「北日本」、あるいは北日本からやってくる、あるいは北日本に行く時のことを歌にした曲の中で大ヒットした作品10曲を紹介しつつ、なぜ「北」が流行するのかそのメカニズムについて迫っている。

第一章「リンゴの歌」
大東亜戦争に敗戦し、日本中が重く暗い雰囲気に支配される中で明るさを提供したものはいくつかある。落語の世界では「爆笑王」「笑いの水爆」と称された三代目三遊亭歌笑の「歌笑純情詩集」などで日本中に笑いを呼び戻し、本章で紹介する並木路子が「リンゴの歌」を歌い、明るさを取り戻した。
ではなぜ「リンゴの歌」が大ヒットしたのだろうかというと、発売されたのが戦後直後(昭和21年1月)であったこと、この歌を挿入歌として扱った映画(そよかぜ)が1945年10月だったこと、もう一つが当時リンゴは高価で貴重だったことが挙げられる。

第二章「北上夜曲」
「北上夜曲(きたがみやきょく)」はあまり聞き慣れない人も多い。何せ世に出たのは昭和16年2月。当時少年だった菊池規氏が歌詞を作ったのが始まりである。その当時は作詞者も作曲者も知らずに広く歌い継がれてきたため「作詞者・作曲者不詳」のままで歌われてきた。この曲は戦前に作られたが、戦前・戦中・戦後と歌い継がれ昭和36年に晴れてレコード化されたのである。その時歌ったのが多摩幸子・和田弘とマヒナスターズである。

第三章「北帰行」
「北帰行(きたきこう)」は1961年に、当時「マイトガイ」として名を馳せた小林旭によってヒットした曲である。
しかし小林旭がヒットした以前にも、この曲の原版として「旧制旅順高等学校」の寮歌として歌われていた。元々この歌は「自由への解放」をテーマにしていたこともあり、戦後も「作者不詳」として歌い継がれてきた。歌い継がれた中で曲や歌詞に変化が生まれ、小林旭のヒットにつながった。

第四章「ああ上野駅」
上野駅というと関東のイメージがするのだが、北海道や東北から集団就職をするために長距離列車に乗り、上野駅に降り立つ少年たちのことを描いた歌であるため「北」という分類に入る。さらに歌詞にも故郷である北国のことを思って、井沢八郎によって歌われた曲でヒットした。

第五章「港町ブルース」
ブルースというと、当時では淡谷のり子や青江三奈を連想させてしまうのだが、「港町ブルース」は森進一が1969年に歌いヒットした曲である。本章で紹介されている歌は他の曲とは違い「北」を連想できる要素が少ないが、1番の歌詞に「函館」、2番の歌詞に「宮古」「釜石」「気仙沼」と東北の港を歌っていることから本書の「はやり歌」に列挙された。

第六章「浜昼顔」
「浜昼顔(はまひるがお)」は1974年に五木ひろしによって歌われ、ヒットした曲である。作詞は寺山修司、作曲は古賀政男の豪華コンビの作品と言うことでも有名だった。しかし浜昼顔の歌詞には「北の町」と書かれているだけであって、北のどこの街のことを歌っているのかは不明である。しかし本章では具体的な場所ではなく「季語」を通じて、季節と風景を考察している。

第七章「北国の春」
「北国の春」は1977年に千昌夫によって歌われ、ロングセラーとなった曲である。ちなみにこの曲は前章と名軸「北国」についての言及はないものの、当時千昌夫はCMで岩手県を連発するCMにも出演している、「北」を連想させてしまう。

第八章「津軽海峡・冬景色」
第四章の逆ルートと言った方が良いのかもしれない。簡単に言えば上野駅から夜行列車に乗って青森に行くのだから。おそらく本書で取り上げた曲の中でも1・2を争うほど有名な歌であい、取り分け「北」を最も連想させる曲としても知られている。

第九章「俺ら東京さ行ぐだ」
「はやり歌」というと吉幾三の曲もあるのだが、本章では「雪國」ではなく、「俺ら東京さ行ぐだ」を選んでいる。個人的には好きな選択だが、なぜ「雪國」ではないのか気になるところだが。
それはさておき、歌っている吉幾三は青森の金木町(現:五所川原市)出身であるため、北を連想させる曲も多く出されている。しかし「俺ら東京さ行ぐだ」のようにトリッキーな演歌も少なくないが、この曲は自身が作詞作曲をしていると言う点でも「異色」の曲である。

第十章「みだれ髪」
「みだれ髪」というと与謝野晶子の処女歌集を連想させてしまうのだが、他にも昭和の歌姫である美空ひばりの曲として1987年に歌われた曲としても知られている。本章では両方の「みだれ髪」と東北との関係について考察を行っている。

「北」の場所を扱う曲もあれば、北の風景を連想させる曲は演歌をはじめとした日本の歌謡曲には数多く存在する。中でもヒットした作品もあれば、1曲1曲それぞれが「北」への思いが募っている。本書はそれぞれある「北」への思いを「はやり歌」を選んで考察を行った一冊である。