天文学者たちの江戸時代―暦・宇宙観の大転換

日本における「天文学」の始まりは飛鳥時代にまで遡る。元々中国大陸から多くの文化・学問が伝えられた中で、天文学もその一つとして入ってきたことからはじまる。ルートで言うと中国大陸から朝鮮半島、そして日本へと渡っていたことになる。

その後、律令制担ってからは天文博士などの役職が置かれたが交易が絶ってからはそれが無くなり、研究も進まなくなった。大きな転換点を迎えたのは江戸時代のことである。800年ぶりの改暦が行われ、そして西洋天文学が導入された時代、天文学はどのように変化し、そしてどのような天文学者が生まれたのか、本書はそのことについて追っている。

第一章「中国天文学からの出発―渋川春海の大仕事」
冒頭にも述べたのだが、日本の天文学は中国大陸から伝来したものである。当然中国大陸における天文学の変化もなしているのだが、渋川春海は「貞享暦」を提唱し、800年ぶりの改暦を果たすこととなった。

第二章「西洋天文学の導入―徳川吉宗・麻田剛立が開いた扉」
と同時に西洋天文学が入ってきた時期もちょうど江戸時代のころである。「蘭学」と呼ばれるオランダの学問が次々と入り、科学的にも大きな転換点を築いたのもちょうど江戸時代、それも八代将軍徳川吉宗の時代にあたる。西洋天文学は中国大陸のそれとは全く異なるアプローチであったため、暦はもちろんのこと、天体の研究にも大きく寄与した。

第三章「改暦・翻訳・地動説―高橋至時・伊能忠敬による発展」
オランダと中国大陸、2つの天文学を日本独自に練り込み、日本の天文学に昇華することになった。その中で改暦や翻訳、さらには地動説に至るまでのことを測量を行った伊能忠敬をはじめとした学者によって進められた。

第四章「変わる天文方の仕事―間重富・高橋景保の奮闘」
元々江戸時代には「天文方」と呼ばれる研究者がいたのだが、天文学の技術が次々と取り入れられ、日本独自の進化を見せたことにより、天文方の仕事も変わっていった。その変えた2人のことを取り上げている。

第五章「西洋と東洋のはざまで―江戸の天文学の完成期」
西洋と東洋のはざまで独自に進化をしてきた天文学は幕末と共に完成をしていった。時代は変わり江戸時代から明治の近代へと移り変わり、天文方の役職もなくなり、天文学もまた近代化の一途を辿りはじめた。

江戸時代には文化もさることながら学問もまた独自の進化を遂げた。その進化の在り方はどのようなものであったのか、天文学にフォーカスした点で見ると本書は全てが詰まっている。

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